これについては注意書きが必要だろう。これからサウンド・トライブ・セクター9のショーを体験する人々のために。
この記事は2001年11月8日、The KaycemanがJambase.comに投稿したものだ。彼はJambase.comの一員であり、もちろんサンフランシスコ・ベイエリアのミュージック・フリークのひとり。仕事上数多くのショーを観て記事を書いたり、Jambase.comでの様々な仕事を手がけている。この記事を訳している間、これがあるコンサートのレビュー記事なのか、それとも何らかの宗教団体の勧誘用パンフレットなのか、混乱した気持ちに何度か成った。これはKaycemanの体験談であり(おそらく何らかの「作用下」にあっただろうと思われる)、音楽イベントのレビューとは言えないと思う。
彼等のコンサートでは確かにスピリチュアルな、敬虔な気持ちにさせられる。しかし、スピリチュアルである事と宗教を信じる事の違いが彼等のショーに行けばわかる。だから、観客達は口をそろえて「これは宗教というようなものでは全くないし、これをそう呼ぶ事は間違いだ」と断言する。一方、彼等のコンサートを音楽の観点だけから記述するのは大変チャレンジングだ。急激なバンドの進化にファンもついていくのがやっとなのだから。
LOVEを分かち合う事、尊敬し合う事、彼等の音楽を通じて感じた何かを僕達それぞれが持ち帰ってそのエネルギーをARTにLOVEをもって注ぎ込む事(この場合、「ART」は「自分の情熱を注げるクリエイティブな活動」の意味で必ずしも「芸術」の意ではない)、そうする事で地球が調和ある生命体であり続ける事、これらがバンドの意図するところだ。
ちなみに、バンドのメンバー達は11月3日のショーが彼等にとって今までで最も満足するショーであったと言っていた。
TIME IS ART.
THE EVOLUTION OF OUR MUSICAL MINDS
11.08.01
by The Kayceman
一体どこから始めよう?先のウイークエンドにサンフランシスコのフィルモアで発生した啓示を言葉で表現するという行為はおそらく適切ではないだろう。それは他のショーにはない大きな要素をもち、他のパーティーよりもずっと深い現象で、マヤ文明の死者の世界を旅し、古代への飛翔と人生の前進を兼ね備えたスペースへのトリップだった。
胎児が9ヶ月に渡って胎内で成長するように、サウンド・トライブ・セクター9のフィルモアへの帰還も同じ時間を経て実現した。そしてその帰還によって、僕達は彼等が変貌を遂げ、別の存在を誕生させた事を知った。これは9ヶ月前今年2月にあったサウンド・トライブのパフォーマンスが決して劣っているといっているわけではない。事実は全く反対で、あの2つのショーは本当に凄かったのだ。しかし、土曜の夜のスペース探求のあと、いかなるショーも比べる事は出来ない。
僕は、ここに座って彼等が演奏した力をリストアップし、ザック・ベルマーの光速ドラムプレイやデイブ・マーフィーの震動するディープバイオレットのベースワークについてコメントする事は出来る。だが、これはそういう問題ではないのだ。あのマジックはその体験を一つのものと考えてこそ感じ取れるものだから。一つの音でも、ある一曲でもない、全てのバイブレーションとして感じるものなのだ。トライブは溢れんばかりの愛と、自信と、そして帰依を持ってベイに帰ってきた。それは、この世界が表面にあるもの以外にもっともっと多くのものが秘められているという真実を僕達に示してくれるための帰依、だ。彼等はピュアな至福の味をもたらし、真の平和を捧げてくれる。
もし世界の人々がはたと止まり、耳を澄まして聴き、この音楽をそれぞれの魂の奥深く染み込ませる事が出来たら、進化へのチャンスを得る事が出来るだろう、僕はそう固く信じている。いい子チャンになっているわけでも、大げさにわめいているわけでもない。ビッグ・ピクチャーを見てみればいい。みんなが走り回り、金を追いながらお互いの足を踏みつけ、権力のためにあくせく働いている。セクター9を見ろ。にファンクアウトした汗まみれのダンスビートの中にサウンドが穏やかに織り込まれている。バンドの誰もがスポットライトを浴びたりスターになろうとしたりはしない。彼等はただ観客に啓蒙された愛の呪文を投げかけたいだけなのだ。
11月2日と3日のウイークエンドは天分豊かな子供が成長するかのように過ぎた。金曜日はその才能をもって編み目も見えない転調と場作りのうまさを見せてくれる事で始まった。初日を流れるように進行させながら、この「9」という子供は知恵のかけらを僕達の心の扉の前に残していってくれた。これらのレッスンはこのハコにぶん投げられたものでも、リスナーの顔に押しつけられたものでもない。それはいつしか栽培され、味わえるような場所にそっと置かれたのだ。そして受け取る者が意図していようがいまいが僕達のこの世界を改善するために必要なメッセージを受け取る事になったのだ。
初日のショーの後サウンド・トライブはフィルモアを去る時に、彼等の傑作を創造する基礎を築いていった。翌日の第2の旅をミスりたくないと皆に思わせるに充分なだけ聴かせてくれた一方で、彼等は手の内のカードを全てさらけ出したわけではなかった。2日目のショーの前にその念入りなステージのセットアップを見るに至って、この呪医者達の集団がマザーアースの構造と密着に繋がりを持っている事はもはや明白だった。神秘的なクリスタルに捧げられた聖壇、至る所に置かれたキャンドルと生き生きとした植物達。意図は明らかで何ものをも運に任せる余地はない。ガラス製の花瓶と大きく開いたヒマワリが観客に向かって配置されている。これはもはやコンサートでもショーでもない。これは一つの体験なのだ。
そしてその体験はいかなるものだったか。もう一度言うが、僕が土曜日に目撃した出来事を言葉で表そうとするのは愚かな事だ。あれから数日を経た今も、確かに僕がその一部であったあの出来事は僕の脳みそをねじまげるようにしても表現できないでいる。僕は何百というショーを観てきたが、セクター9が2日目にフィルモアにもたらしたものは見た事もなかった。
サウンド・トライブを記述するためのあの子供のメタファーを続けよう。この成長しつつある天才児はこのウイークエンドの後半になって明示されなければならないものを秘めていた。多分あの子は今ティーンエージャーに成って、エネルギーとインスピレーションに溢れ、観客にその光を投げかけるようになったのだ。セット1は僕達の手を取ってヒーリングの過程を案内してくれたようでもあり、僕達にはこの若者の内部にあるものが一つ一つ見え始めたようでもあった。僕達は彼自身が持つ才能の可能性を見出し、妨げとなる限界は僕達の心そのものだと理解し始めた事を知るに至る。この子供は今まさに個人としての領域を脱し、彼がただの人ではなく「贈り物」を与えられた子供であると認識ししようとしている。癒し、導き、救うための「贈り物」を。
セット2の中程にさしかかるとこの青年は20代初めに成っていた。神に授かった才能をさらに高め、次のレベルへ達する時、セクター9は僕達をも連れて行ってくれた。僕達はこの宇宙船に乗り込み、この才能ある存在の目を借りて世界を見る事が出来た。僕達は別の現実を知り、未来を見、過去を垣間見た。人種、宗教、法律を越えたものを見た。僕達は、今まで学んだ決まりを失い始め、この世界があるべき姿を見たのだ。僕達はBaraka、祝福を受け、今までとは違う僕達になった。
僕にとって土曜の夜のセクター9との体験を語り続けるのは容易な事だ。が、僕の言葉だけでなく「9」という宇宙船に乗り込んだ他の旅人達の声も聴いて欲しいと思う。僕達の気持ちは同じ。みんながあのサンフランシスコの特別な夜に進化を遂げたのだ。
「8億年前には、或いはこの惑星のある空間から数百光年離れたところでは、音とパターンと創造のオーラのような証拠とがきっとあるんだ。STS9は何故かこの音やパターンを知っていて、それがSTS9の音楽の最中に姿を現すんだ。僕の言わんとするのはセクター9がコラボレートする時、彼等の音楽的創造の壮大さと重要性が、物質、生命、そしてエネルギーの自然的創造の壮大さと神秘性と同じようなものではないか、という事なんだ。これは理論やでもなく、もちろん仮定でもない。だけど、彼等はあたかも存在そのものやその創造にまつわる古代の知恵の動脈に接触したかのようなんだ。僕にとっては正にこれがセクター9を特別なものにする理由だ。
この音楽は、スピリチュアリティー、アートと創造よって豊かなものとなる時間、愛、そしてエネルギーを分かち合う事などと深く関係する偉大な視界への深い理解を意味するものなんだ。彼等は演奏するたびにこの視界を僕達にシェアしてくれる。そしてそれをシェアしてくれる時の彼等は忘我の境地に達している。セクター9の演奏については批評するつもりはない。ショーの後、違う曲が聴きたかったと思う事もない。セット1の最初の音から僕はただ彼等を信頼し続けるだけだ。そしてそこから得るものはとっても貴重で、愛すべきものだ。だから僕はいつもその側にいたいと願う。つまり、インスピレーション、愛、カラー、軌跡なんかだ。もちろん、宇宙船9トライブの後ろ(つまりフィルモアのステージだ)に片手で掴まって宇宙を旅しながら、もう一方の手で握り拳を振って、だらしなく星や惑星に(つまりクリスタルのシャンデリアだ)向かってスマイルしている。そして、宇宙空間を超高速で飛び回り、Equinox > Moonsocketsのアンコールが両耳の間で共鳴する時、僕の足はフラフラになっているんだ。
僕は決して信仰深い人間じゃない。実際、僕は宗教団体を嫌悪していると言ってもいい。サウンド・トライブを宗教だ呼ぶのも間違っている。だけど、もし僕が救われたとするなら、もし僕のソウルの渇きが癒されたとすれば、もし形のない力に触れる事が出来たとすれば、それは先のウイークエンドにフィルモアでの事だと言わざるを得ない。9には大いなる感謝を捧げたい。そしてフィルモアに来てくれた人々にも。
Always with peace, and always with love,
brad-lay.」
Bradly Bufulco
フィルモアで素晴らしいセクター9の経験をした後、私達が出会った出来事についてどうしても書きたくなったの。あの事が頭から離れない!
あのショーを楽しみに待つ事数週間の間、フィルモアに足を踏み入れるずっと前に私達みんなが凄い経験をするのは分かっていた。そして金曜の夜はやっぱり凄いと思った。でも誰かが土曜日が本物だなんていうもんだから「これ以上の事が出来るの?」なんて思っちゃった。すでに私は金曜日の選曲には満足していたし、サウンドやバイブレーションや全てが気に入っていた。それでも次の夜何が起こるのか待てなかったの。
シャンデリアの紫色の照明がハーベストやヒマワリ、それにキャンドルで彩られたクリスタルの祭壇に光を投げかけていて、信じがたい程スピリチュアルにステージが飾られていたわ。それに私のまわりに感じられるとってもいいエネルギー。2階のポスタールームに置かれたパワーピラミッドも忘れてはいけないわね。本当に優雅なセッティングだった。
セクター9が登場して演奏を始め、まるで曲を表裏にひっくり返してまた元に戻してみたいな、今まで聴いた事もないようなプレイをやってのけた。音そのものを変形してしまうといった方がいいかしら。私はもうWOW!っていう無我夢中の気持ちになってしまっていた。バンドのメンバーはみんな私達にスマイルしてくれて、再びあのクリエイティブなエネルギーを持続させる輪ができた。
私の親愛なるオーガニックグルーバーと共に踊り、新しい友達と出会い・・・終わってほしくなかったわ。ショーが終わった時、言葉がなかった。他の人達の感想を聞きながらフィルモアから外に出るのも面白かった。全員が圧倒されてしまっているようだった。
私には今これだけしか言えない。バンドのみんな、ありがとう!これからもずっとこんなショーをやってほしい。もっとショーを観たい!あなた達は多くの人々の魂を震わせてくれたの。
Blessed to be a part of this tribe, sisterswirl.」
"AWARENESS IS THE VITAL INGREDIENT FOR ALL PERSONAL DEVELOPMENT" -Swami
Sivananda Radha
Sally Worden
STS9はサイケデリックな即興とテクノトロニックなインスピレーションとの美しいミックスを見出した。僕は自然に音楽全体にフォーカスしながら個々のプレーヤの才能に引き込まれて行くのを感じた。他の誰とも比べる事の出来ないザックの演奏ぶりは彼が他の宇宙から北のではないかと思わせた。彼等は、僕達がモダンミュージックと呼ぶ領域を広げているバンドの最もベストな例ではなかろうか。STS9はエミュレーターの新たなジャンルを定義するバンドになるだろう。
Long Live the Sound Tribe!」
Kevin Runde
これらはSTS9がフィルモアで行った衝撃的なパフォーマンスについて多くの人が語るポジティブな言葉と感情のほんの一部だ。感情の深さを伝えるのは不可能だ。僕達の人生に与えた影響の大きさはまだ不明だ。僕に今できるのは、僕達がサウンド・トライブ・セクター9のようなバンドと同じ世界で接する事が出来る程恵まれている事実に感謝する事だけだ。最後に僕の望みを言って終わりにしよう。いつしか僕はこの身体から離脱し、僕達が知る物理的な存在から消散して、どうにかしてセクター9の一部になってしまいたい。身体を捨て、所有の世界を離れ、トライブのスピーカーに溶け込んで、彼等のサウンドウエーブが存在するスペースを共有したい。時間の中を浮遊し、音楽を抱きしめ、「9」というブランケットに永遠に包まれたい。
フィルモアのショーを観に行った全ての人々に、この記事に貢献してくれた人々に、そして特にサウンド・トライブ・セクター9に愛を込めて感謝する。
あなたに平和があるように。
The Kayceman
JamBase | Thrill Valley
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和訳 by wolf
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