SOUND TRIBE SECTOR 9 | SEASONS 01
2002年3月24日
Jambase.comより
取り付かれたようにSeasons 01を聴き、Sound Tribe Sector 9の熱血ドラマー、ザック・ベルマーと寿司を挟んで話したりしていると、このアルバムをレビューする上で曲の内容について書く事自体には特に意味が無いという事が明白になってきた。なぜなら、このアルバムはSound Tribe Sector 9のある側面のほんの一部を伝えるものに過ぎないからだ。ミュージシャンの集合体として、個人として、夢見る人間達として、ヒーラー達としてのザ・ナインを表現しているわけではない。また、このアルバムは完全なものではなく、均衡が取れているものでもない一方、これは全てSound Tribeの手によるものであり、プロデューサーもおらず、レコードレーベルもなく、外部の影響も無い、2002年初頭におけるSector 9がどこにいるのかを知る事が出来るスナップショットなのだ。
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photo by Wyatt Dexter
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何物にも先行して、「全てファンのためだ」とザックは強調する。彼はこのアルバムを制作の成り行きを説明してくれた。「まず、最初から2枚組というアイディアはあったんだ。当時は1枚目がライブ、2枚目がすべてエレクトリックというプランだった。だけど、オレ達は最終決定を戸惑った。オレ達はアーティストなんだ。オレ達にすれば、誰がディストリビュートしてくれるわけでもプロモートしてくれる人もいない。『次のSector 9のアルバム』というわけでもなかった。それはオレ達にとって楽しむための材料だったんだ。」
信じて欲しいのだが、このアルバムは本当に楽しい。いや、楽しい以上に驚くべき代物なのだ。このSeasons 01というダブルディスクセットに収められた曲の数々が、Sector 9が真の自己世界を築いた2001年に演奏されたライブトラックである事から、他に一体何が期待できるだろう。「A Gift for Gaia」のオープニングにデイビッド・フィップスが奏でるゴージャスなキーボードの滴りを聴いただけで、活気に満ち、繁栄し、魅惑をもって誘う音楽の新しい世界へ旅立つような感覚に一瞬の内にとらわれてしまうのだ。その音楽はメロディックなパターンで君の頭脳の周りを浮遊し、渦巻き、ついには覆ってしまう。ボーカルサンプルは遥か彼方の未来と過去が共存しながらも、現在を至上に包含するスペースへと誘ってくれる。そして君は「This IS, the sound [これこそがあのサウンドなのだ]」と気付くのだ。
ザックと僕がトラックリストを眺めている間、彼が語り始めた。「そこには10トラックある。そのうち7曲は即興だ。ええと、『A Gift for Gaia』は初めて演奏したものだ。『Satori』、これも初演奏。『Good for Everyday』、初めて。『Eclipse』、『Thread』、そして『Breach』、すべて初めてだ。オレ達はただその瞬間に作り上げてしまったんだ。『Satori』は今はレパートリーの一曲になっているけどね。だけどオレ達が最初にあの曲をやった時は、冬のモードで何かやろうと決めていて、その結果がそんな形で出てきた。『Thread』は春を迎えるモードで演奏してみた。
ザックが言う「モード」とは何を意味しているのだろうか?それはどうやら我々の世界のバイブレーションと何か関係があるようだ。ある意味では、音楽のすべてはバイブレーションであるとも言える。「オレ達は今そのような事をいろんな資料を読みながら学んでいるんだ。フィップスはとても熱心だよ。例えば『A Gift for Gaia』はその日のキーで演奏している。あれは9月13日で、あの秋のツアーが始まった時、オレ達は多くの事を考えていた。ちょうどその頃だ。[訳者注:2001年の秋のツアーは9月11日、アラバマ州バーミングハムで始まる予定だった。その日の朝、同時多発テロが勃発した。当日のショーはキャンセルされたが、ツアーは翌日、12日に開始された。]あの時期、オレ達は多くのショーでその日のキーを使って演奏を始めた。なぜかと言うと、オレ達自身がそれぞれのキーと共鳴していたからだ。強烈な経験だったよ。『Breach』もその日のキーだった。『Thread』は冬のモードでの即興。『Good for Everyday』はナッシュビルでのその日のキーによる即興だ。」
これはそれぞれの曲が、ある日の、またはある季節のバイブレーションに依存しているという意味ではない。これらは単に彼等のアートを表現するのを助長するひとつの要素なのだ。マヤのカレンダーとの結びつきが彼等の生活すべてを制御しているわけではないのと同じで、Seasons 01は彼等の進展の中でひとつのチャプターを刻んでいる。「オレ達はただそうやっているだけだ。ある意図がそうであるように、それは同時にマヤ、日本、中国、アズテックなどの哲学だし、世界共通なんだ。自然ではすべてがひとつ。仏陀、キリストやその他の至高の人々のように自然に向かって行く事は、すなわちすべてが統合されている世界なんだ。彼等が言っていることは結局は同じ事で、オレ達はオープンでユニバーサルでありたいと考えているだけだ。オープン、そう、それだ。ある日に起こる出来事はただそうであるだけの事。ある時はその日のキーでショーを始め、またある時はそうしない。ある時は季節にまつわるモードで始めるし、しない時もある。オレ達はオープンだ。オレ達はあるバイブレーションを感じる。例えば、『今日はFだ。とてもFを感じる』とかね。その日の演奏をそんな風に始めるという決まりなどは無いよ。オレ達はオープンだ。『オッケー、今日は即興で始めよう。何かそう感じる。バイブレーションは火曜日に設定しよう、今週初めての演奏の日だからな。』オレ達はそれを実行する。あるいは『今日は週の終わりだからインプロビゼーションでショーを終えよう』とか。」
「底辺にある意図はオープンでいる事。ロックされているのとは反対にね。(ミスターロボットの声で)『僕はロボット。9時に出勤、5時に帰宅、夕食を食べて、ワイフと過ごす。』オレは今やっている事で本当に恵まれている。周りで起こっている事にオープンである事がオレには必要なんだ。耳に新しい音楽を聴く。それとバイブレーションを合わせる。例えば、この間のシカゴのショーで、オレはドラムキットから離れてブレイクダンスをやっただろう?あんな事をやるのは久しぶりだった。なぜやったかというと、あの時オレはそう感じていたからだ。オレのかあちゃんなんか「踊ったなんて書いてあったわよ。これで5回目。あんた、何故私が観ている時にやらないの?」オレは、「かあちゃん、オレはビリビリ感じないとやらねえよ」って言ったんだ。『オレは今夜これをやる』っていうようなものじゃないんだ。オレ達のショーではいつもそんな風にやっている。観客も、バンドの連中も何も予期してはいなかった。それがオープンでいる事なんだ。チャンネルを開く。それが生き方を運んでいってくれる。」
アルバムのすべてについて語る事が重要事項ではないにしても、どのトラックがどのように、そしてどこからセレクトされたのかを知る事には興味がある。
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photo by liz o'keefe
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Disc One:
A Gift for Gaia - New Orleans
Jebez - Eureka
Ramone & Emiglio - Pittsburgh
Satori - Boulder
Disc Two:
Good for Everyday - Asheville
Equinox - Boulder
Kaya - Cincinnati
Eclipse - Boulder
Thread - Boulder
Breach - Portland, Maine
ザックと話している間、どの曲をどんな過程で選択したのかを尋ねてみる事にした。「オレ達はただ聴いて、聴いて、聴いて、さらに聴いて選んだ。あれは難しい過程だったよ。まずやったのは、今までのアルバムに入れたものはもう知っていたから除外した事。その結果、25から30ほどのオプションに絞る事が出来た。そこからさらに10に絞るのはタフだったな。さらに、いくつかのショーではマルチトラックを使うんだが、そのうちどれも取り上げなかった。みんな2トラックなんだ。その中では音が悪くて使えなかったものもあるから、結局ショー単位で使わないと決めたものがある。さらに残ったものの中にはプロスタジオで制作されたアルバムやプロ制作によるライブアルバムなどでは聴かないスネアの余分な音なんかが入っているものがある。だけど、音楽がいいとなるとただスネアの音なんかのためにそれを除去する事は出来なかった。全体的な構図として音楽がいい、タイミングもいい、だけどスネアの振動が入っている。そんな場合はそれを犠牲にはしなかったよ。あの音楽は世に出されるべきで、サウンドもよかったからね。」
どの曲をいかにピックアップしたのか。彼等はあるバイブレーションに従ってこれを行ったようだ。その方法はこのCDに限らず、Sector 9らしいという他はない。「『A Gift for Gaia』にしたって、あれは曲とは言えないよな。たぶん二度と演奏しないと思うよ(笑)。少なくともまだやってはいない。それと同じ事はオレ達のやっている事にも言えて、凄くクールなんだ。つまり、もう二度とあれは聴く事はないだろう、って事だ。あれはあの瞬間のもので、それを発散させる。ただそれだけの事なんだ。」
セカンドトラックの「Jebez」は、ファンの間では「Drone」として知られていた曲だ。「なぜ今『Jebez』と呼ばれるのか?」ザックが続ける。「オレ達は曲のタイトルを付けるのが大の苦手なんだ。ハンターが『Jebez』を作曲したんだが名前は付けなかった。その中にはdroneの部分があるから、彼はただ単に『Drone』と呼んでいた。だから皆もそう呼ぶようになって、他の人達もそれに従った。」
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photo by Wyatt Dexter
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次の曲、20分にも及ぶ「Ramone & Emiglio」はこのアルバムのハイポイントとも呼べるもので、実際にSector 9が今までトラックダウンした中で最高の出来と呼べるものかもしれない。底辺のベースリックによるスムーズな響きが瞬時にこの素晴らしいジャーニーの方向性を設定する。次にハンターの熟考されたギターがちょっとした角度から入って来てサウンドを前に押し進める。さらにフィップスの渦巻く宇宙を思わせるキーボードが加わり、ザックがシンバルを軽くタップ。そしてプレッシャーが急変し、バンドメンバーそれぞれが今存在する音楽の中で最もホットな一曲に傾れ入る。ここに鋭く痛烈で意味深いボーカルサンプルが入り込んでくる。「Here we are, Here we are, Here we are, Here and now」と。この音楽は感情を表面化させ、エネルギーを躍動させる嵐のようでもあり、素晴らしい緊張とそのリリースのコントロールがなされる一方、音楽的な基盤を難なく移行させている。
「Ramone & Emiglio」が進行するにしたがってハンターはワウワウによるヘビーなファンク、カッティング、方向性のスライスを縦横無尽に動き回る。プレッシャーが大きくビルドアップ、11分54秒マークでの「Here we are, Here and now」がキックインするまで上昇を続ける。そして突然音楽が開放され至上のインスピレーションが飛び出してくる。フィップスはKing Tubbyのダブを思わせるサウンドを挿入した後、リスナー達を宇宙空間歩行、スターウォーズの旅へ迎える様々な効果音を発射し始める。その間ジェフリーはコンガを叩きまくる。そのすべての音がパーフェクトに合致している。5人のミュージシャンがひとつのサウンドを奏でているのだ。境界線は不明瞭なぶれと化し、Sector 9は再び世界の物理性から分離を遂げ、人間の容姿を後に残し、言葉の無い時間と空間の中に自らを存在させている。端的に言えば、これこそが生命のバイブレーションだ。
より高い目的をめざし、より深い意味を探求する姿勢は、Seasons 01全体を通じてその底辺まで浸透している事が感じられる。僕達が曲名についての会話を続けると、ザックが言った。「オレ達が使う言葉の背景には大きな意図があるという事を知って欲しいんだ。」もちろんそこには大きな意図がある。そしてそれはSector 9という存在のすべてについても同じ事が言える。彼等が演奏する音楽から彼等が発するエネルギーに至るまで、Sound Tribeが歩むステップのひとつひとつについても、これは真実である。例えば、このアルバムの最後に聴ける「Breach」。そこでは文字どおり鯨の水面上の飛翔を聴く事が出来る。飛び上がる鯨の音やその他の驚くべきサンプルの数々を、彼等はどこで手に入れたのだろう。「マイクを持って海に出て、そこでサンプルしたんだ。みんなオレ達でやったんだ。そしてあの『キンコンカンコン』っていう金属音、あれは道路の向かい側でドリル工事をしているのをDATレコーダーにマイクを繋げて録音したものなんだ(笑)。オレ達は走り回って[マイクを持つ真似をしながら]『いいぞ、読み取れてるよ』なんてやって、それをパソコンに落とし、レンダリングをしていろいろやってみたんだ。『Here we are, Here and now』は、実際にはSound Tribeの一員である女神が言っているのをサンプルした。僕が何か言って欲しいって頼んで、彼女がいろいろ言ってくれたんだ。」
前にもちょっと書いたように、これはすべて海のサンプリングに至るまでSound Tribeが実際に行ったものだ。そう、Tribeが録音スタジオの使用を深く学び、彼等がプロダクションに対する濃厚な価値観を得た時、どんなものが出来あがるのか、僕は非常に楽しみにしている。このアルバムはしかし、Sector 9のピュアな表現である。制御された環境でSTS9のエッセンスを理解する事は難しい。なぜなら、それは制御されるべきものではないからだ。そこにあるのはエネルギー。バンドとオーディエンスのエネルギーの交換。以前にも言ったが、再び言おう。これはただの音楽ではない。これは未来のための生命維持体系なのだ。
再びアルバムに戻って、その終わり、「Thread」から「Breach」に至る部分を聴いてみよう。「Thread」は暗い音に満ちている。悪と言ってもいい。だが、人生もまた同じだ。そしてこれはアートであり、アートこそが生なのだ。鯨が飛び上がる、呼吸している、生きている。これらの音がそんな生命そのものを表現してはいないか。これらが生命の循環であり、これが自然であり、そして、これがSeasons 01だ。
The Kayceman
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和訳 by wolf
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