
「49/47、サンフランシスコ」
カーラは旅行記を書く。知り合ったのは彼女がたった一人で中国をバイクで駆け巡り、その体験記を書いた1998年。スリムな姿態、長いブラウンの髪、優美な笑顔、弾けるような動き。とても40代半ばのおばちゃんとは思えない。2000年には単独バイク旅行をインドでも敢行したが、不運にも交通事故にあって現地で入院、無念にも旅の途中で帰国となった。2002年にはMoto Guzziと一時提携を交わし、デジカメとハンディーカム、ノートパソコンを担いでツーリングモデルのCalifornia EVを操りながらイタリア中を駆け回った。
そのカーラからあるパーティーへの招待をメールで受け取ったのは木曜日のことだった。ボーイフレンドのマイケル・ゴズニーと2年間住んだフラットを引き払う前に、空っぽになったスペースを利用してミニ・レイブをやるという。マイケルはサンフランシスコのオルタナティブシーンにおけるビジョナリ、キーパーソン、オーガナイザとしてテクノ、トランス、バーニングマンなどに深く関わっている男だ。Sound
Tribe Sector 9を加えたAnon Salonのニューイヤーズイベント、Sea of Dreams 2003の中心的な人物でもあり、Digital
Be-Inをオーガナイズしているのも彼だ。そのビジョンはかつてマッキントッシュを使ってデスクトップ・パブリッシング(DTP)が印刷、出版業界に革命をもたらした1980年代後半からDTPの専門誌、Burbamを出版するなど、ビジネスやテクノロジーの分野にも及ぶ。
彼等のフラットはアッパーヘイト街とロウアーヘイト街の間にある静かなスポットにあり、丘の斜面に立つ家の2階全てと3階に相当するペントハウスを改造したベッドルームからはサンフランシスコを南西から見渡す素晴らしい景観が望める。この「紫色のドアの家」には子の2年間に幾度かパーティーで訪れた事があった。典型的なサンフランシスコ・ビクトリアンの建築で、その丘に最初に建てられた家だという。幅は狭いが、アムステルダムの家々程ではない。東京の目白台の周囲にあるような急な坂の途中に、丘に面した玄関があり、その坂をさらに登ると公園がある。丘の頂上からは西に向かって降りたところにヘイト・アッシュベリーで知られるアッパーヘイト街、さらにゴールデンゲートパークへと続く。アッパーヘイトの今は観光化された明るい喧噪と、ロウアーヘイトのスラムっぽい汚れた騒がしさのちょうど中間にある比較的静かな住宅区域である。
二つある紫色のドアのうち、「49」の番地が掛けられた方を入って、木製の階段を昇り、天井が高い大きな三部屋を右手に見ながら狭い廊下をキッチンへと抜けるとサンフランシスコのダウンタウン、ベイブリッジ、バークレー、オークランドが一望の下に見渡せる。昼間の展望は市内に霧が流れ込んだ時が美しいが、夜景はやはり晴れた夜の街が輝いて素晴らしい。
パーティーは8時からと招待状にはあったが、9時に到着した時はまだ誰も来ていなかった。フラットの中はすっかり引っ越しの後といった感じで、いつでもオーナーに引き渡す準備が出来ているようだった。それでも額に入ったデッドのポスターやマヤのシンボルを象ったシルクのバティックなどはまだ壁に掛けられており、パーティーはまだ終わっていないのだと告げているようだ。
カーラと近況の報告をし合っていると、マイケルがCDケースと中華のテイクアウトを抱えて戻ってきた。大きな容器に入ったベジタブルスープを頬張りながら、DJブースの準備にかかる。彼はローカルで行われる多くのパーティーやイベントでDJ Gozとしてバリバリのゴアを回すDJでもある。そんな彼は何時でも子供のような興奮を隠せないでいる。
10時になるとようやくパーティーゴーアー達が到着し始め、瞬く間に2階のフロアは人で一杯になった。サンフランシスコのオルタナシーンの常連達だ。彼等のファッションやメイクはレイブで多く見られるいかにもキャンディーキッズのファッション雑誌から飛び出してきたようなものではなく、少々抑えめのコスモポリタン。ロスのような仰々しいハリウッドの派手さはなく、ニューヨークのようないかつい暗さがない。トライバルでもありヒッピーでもあり、しかもブランド志向が極力回避されていて、そこここにエスニックな要素がちりばめられた独特の雰囲気を持っている。年齢層は広く、平均年齢は通常のレイブやショーに比べればむしろ高いほうだ。ホスト達の年齢層を反映しているとは思えない。やはり、サンフランシスコのサイケデリックオルタナティブシーンに長年馴染んでいる人々が多いせいだろうか。白髪交じりの年配のパーティアー達はヒッピーではなく、その周囲にはファッショナブルで洗練された不思議な圧倒感が漂う。そんな人々が集まりだし、ざわざわと会話を始めたと同時に最初の若いDJがスピンし始めた。インドのチャンティングがゆっくりとインセンスの煙のように広がっていく。
ストリング・チーズ・インシデントのメンバー達がこのパーティーへやって来る事は招待状に書いてあったのだが、このフラットの雰囲気から察するに噂になっていたアコースティックセットを実際にやるかどうかといえば、そのようには感じられなかったと言わざるを得ない。僕はそれでも一向に構わなかったのだが、出来れば目撃したいという希望はあった。彼等はサンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡ってすぐにある街、サウサリートにあるレコーディングスタジオ、Record Plantで新しいアルバムを録音し終わったばかり。ゴア・トランスの世界で広く知られるDragonfly Recordsの創始者、Youthをプロデューサに迎えてのプロジェクトである。コロラドを本拠地とするブルーグラスナチュラルボーイズとトランス界の重鎮という非常に奇妙な繋がりがとても気になっていた。
11時も回った頃、チーズの一団がようやく姿を見せた。マネージャやサウンドクルーも一緒だった。楽器を担いでいるのはマイケル・カンだけだ。あの若いDJはインドの楽器が入ったサウンドを盛り込んだバングラのビートを回していて、すでに何人ものダンサーがフレンチウインドーのある部屋のフロアを満たしていた。ゆったりしたエスニックなビートで僕も暫く踊る事にした。ラーバエフェクトの照明が2機持ち込まれ、カラフルでどろりとした感触あるプロジェクションが白い壁に投影される。フィルモアなどでのショーのバックドロップに使われる圧倒的な大きさではないが、解像度が鮮明ではまり方はショー以上だった。DJブースではシヴァやガネシャの小さな銅像がキャンドルライトに映えている。あちこちで笑い声が聞こえ、見回すと笑顔が部屋に満ちている。久しぶりにショーの外で楽しめるパーティーになりそうだった。匂うのはナグチャンパとスイートなウイードの香り。部屋の隅ではガラスパイプを売っている奴がいた。チーズの面々はそれをゆっくりと見回し、それぞれ満足そうな微笑を浮かべていた。
マイケル・ゴズニーとYouthの出会いは2002年にロンドンで行われたDigital Be-Inがきっかけらしい。その二人がパーティアーで寿司詰め状態のキッチンの隅でひそひそ話をしていた。どうやらチーズはマイケル・カン以外楽器も持ってこなかったらしく、結局アコースティックセットは無し。
「何かやって欲しいとは思ってたんだけど・・・」
Youthは少々それに不満だったようだが、ホストのマイケルは至って柔軟で、彼等もレコーディングを今日終えたところらしいからリラックスして楽しんでくれればいい、と言っている。その穴埋めとしてマイケルはYouthに暫くスピンしてくれないかと持ちかける。
「手持ちのディスクで良ければ。」
Youthもそのアイディアにまんざらではなく、あの若いDJが一区切りの頃を見計らってタッチする事でこの会議は終わったようだ。運良くその場に居合わせた僕はそれを聞いて、ビル・ナーシとの会話が終わったらフロアの方へ行こうと考えていた。
「そうなんだ、日本でのステージってメッチャ不思議なんだ」と疲れているのか真っ赤な目をしたビルがフィールド・オブ・ヘブンズでの体験をシェアしてくれた。
「アメリカでのショーはステージから観客を見渡すと実にいろんな人が混じり合ってるだろ?だけど、日本ではそれが無くって見渡す限り日本人のファンなんだよな。とてもユニークな体験だったよ。それに日本人のファンって本当に熱い奴は熱い。両拳を振り上げて『うぉ〜〜〜』ってな感じだった。」
「そうそう!でも、あのナエバってところはとっても綺麗なところだった」とマイケル・カン。
「この4月のツアーでも5日か6日か、その位しかいられないんだ。」
「7月みたいに暑くないから、温泉にでも行ける機会があればいいね」と僕。
「どうやらそんな余裕はなさそうなんだよ。残念だなぁ・・・ツアーじゃなくてバケーションで暫く日本を旅行するってのが上手く行きそうだね。」
「オレは家族ぐるみで遊びに行きたいよ」とビル。
マイケル・カンが「でもオレ達みんな楽しみにしてるんだよな。」ビルがそれにいかにもという風にうなずく。ニッタリ笑っている。
キッチンの別の隅ではトラビスがすでに2本目のテキーラを開け、周囲の人に勧めている。「効くぜ、これ。」東洋人らしく少々赤くなったマイケル・カンに比べ、トラビスはどう見ても全くのシラフにしか見えない。カイルとキースはキッチンの裏手のドアステップに立ち、周りの人達とランダムに言葉を交わしながらサンフランシスコの夜景に見入っていた。
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突然、バングラのビートにオーバーラップしてブレイクビートが鳴り響き始めた。キッチンの床と壁が震動している。1階のアパート「47」でもDJがスピンし始めたようだ。失礼、とカイルとキースの間をすり抜け、木製の階段を降りてそちらの方をチェックする事にした。傍を通った時にチラッと目にしたキースは、髭を綺麗にそり落とし10年若くなったように見えた。髪型はニューイヤーズランの時と変わらないものの、人相はまるで別人だ。「47」では「49」のフロアが一杯になって2階からオーバーフローしたパーティアーが数10人、余裕たっぷりのスペースを楽しみながら大きな動作で踊りまくっている。「47」にはサンフランシスコレイブシーンで活躍しているDr. Spookが住んでいたのだが、2階同様中はすでに空っぽだった。そこでも暫く踊っていたが、Youthに打順が回る事を思いだし、表の玄関から「49」のフロアへと駆け上がった。Youthはディスクのチェックをしながらセットの構想を練っているところだった。
いつの間にか数人のFOC達が着いていて、別の部屋で仲間内で話をしていた。一年前に子供が生まれた夫婦は、このパーティーが出産以来初めて二人で外出するイベントなのだといつになくはしゃいでいる。「何かとても不思議な気持ちなの」と奥さん。「今日はかなり踊れそうよ。」旦那がそれを優しい目で聞いている。
アメリカの自宅パーティーではいつでもどこでも何故かキッチンが一番賑わう。日本やヨーロッパでもそうなのだろうか。だだっ広い家でのパーティーで、それ程多くの来客がいるわけでもないのにキッチンだけは常に騒がしいのである。心地よさそうなソファがあって、大きなキャンドルがコーヒーテーブルでゆらりゆらりと燃えており、ふかふかなカーペットを施した床スペースも十分なのにリビングは空っぽで、人々はキッチンのシンクにもたれながら、あるいはダイニングテーブルの隅に腰を掛けて話しまくるのだ。一説には冷蔵庫にあるビールに一番近いからだという説があるが、本当の理由は定かではない。このパーティーもその例外ではなかった。引っ越しが済んだアパートだからいろんな食べ物がテーブルに並べてあるわけでもなく、ワインとテキーラがドリンクの主役で、冷蔵庫の中にはほとんど何も入ってはいないのに、だ。チーズボーイズ達はテキーラのボトルを持って放さないトラビスを除いてはキッチンからいなくなっていたが。
Youthのセットはゴア系のダブで始まった。トランスらしい激しさが全くなく、和めるゆったりしたテンポ。さすがにYouthの名はこのクラウドの中では知られているらしく、彼がスピンし始めたと同時にその部屋を囲む二つの部屋と廊下は瞬く間にダンサーで溢れかえった。明らかにこのパーティーのピークタイムがやってきたようだ。1AM。
ダブから軽いユーロビートへ、さらにセクシーなサンバへ。Youthのワールドとラベルは続く。マイケル・カンがエレクトリックマンドリンをYouthのギアへつなげようとするが上手くいかない。トラビスは大きな動きで踊っている。他のメンバーはまだキッチンで話している様子だ。結局マイケルはマンドリンをつなぐのを諦め、踊ることにしたようだ。Youthのつなぎに100人程のダンサー達は歓声を上げ、ラーバライトとキャンドルライトだけの暗い部屋は蠢く人影でさらに暗くなるようでもあったが、何処からか広がっている不思議な明るさはますます光を増していた。ジョージ・クリントンを真似てドレッドにカラフルなリボンを編みこんだヘアスタイルの黒人の男が大きな手でクラップし始め、そして叫ぶ。オレはこの瞬間のために生きているんだ、と言わんばかりだ。彼のエネルギーはその大きな体の陰で踊っている女の子達へと伝わり、いつしかフロア中の人達が全身を震わせ、目を閉じ、腹の底から湧きあがってくる自分達の声を出力している。Youthがヒップホップにいきなり切り替えると、エネルギーの密度は頂点に達した。満足そうにハッシュを混ぜた巻きタバコをくゆらすYouth。振り向くとフラットの三部屋が全てダンサーで埋まっていた。
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水を探しにキッチンへ戻ると、ビリーが声をかけてきた。
「明日の朝の便までに仮眠をとりたいんだ。3時間ほどだけどね。だから、今夜はこれで引き上げる。家族に再会するのが楽しみでね。久しぶりに子供達とも遊びたい。」
「オッケー、安全な旅を。」
「サンキュー!日本のファンにも宜しくね。」
気がつくとカイルとキースはすでに退散したようだった。そこへトラビスとマイケル・カンがやって来て3本目のテキーラを開ける。彼らはまだまだパーティーするようだ。さらにスピンし終えたYouthが一服しにやって来た。DJ
Gozの登場だな、とYouthの満足そうな顔を見ながら考えていると、サイケデリックトランスの音がフラットを揺さぶり始めた。
「YEAH!」
Youthが煙を吐き出しながらブースのある部屋の方を見る。2時半だ。
サンフランシスコの一軒の家で起こるマジック。ストリング・チーズ・インシデントのメンバー達がいなくても、Youthがスピンする事が無くても、トランスの大音量が聴けなくても、週末にはこんなパーティーが街のどこかの誰かの家で行われている。フライヤーも無ければ、チケットも無い。クラブやホールのような華々しいデコレーションももちろん無い。ロスであるパーティーのようにセレブ的エゴトリップも。
空っぽのフラット。平和を願うサンフランシスコの柔和な人々。そんな環境での小さなパーティーは、一年を通じて最高だったショーと同じくらいの満足感で僕を満たしてくれる。
お別れの挨拶でハグを交わし、「次のパーティーはいつ?」と冗談交じりにカーラに尋ねると、彼女は虚ろな目で「Soon・・・」と応え、美しい笑顔で見送ってくれた。DJ Gozはまだ「49」と「47」を振るわせ続けている。
文 by wolf

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