ニュージャム、オールドジャム
2001年9月1日

 グレイトフルデッドが60年代に築いたメインストリームとは一線を引いた別の世界、つまり我々が愛してやまない中身のある音楽、アンプリテンシャス・ミュージックとライフスタイルについての記事だからこそ、これは僕にとっては大変書きにくい文章だ。僕の中では2000年6月24日にショアラインでフィル&フレンズ+ボブ・ディランのダブルビルショーを観た時から、この葛藤が絶えず頭のどこかで蠢いていて体内への脱出を計っている。読者はある意味でその犠牲者だ。

 この出来事からから話そう。

 String Cheese Incident @ Greek Theater, 08.04.01

 8月4日、ストリング・チーズ・インシデント@グリークの2日目のことだった。デッド時代からの友人がラットドッグのブートCDを満面の笑顔で「これ、凄いよ」と言いながらぽいと投げてよこした。僕も笑顔で「よ、いつもありがとう」と受け取った。実際、その友人はデッドファミリーや活発なテーパー達とのコネもある、彼自身もテーパー、家中テープとCDだらけのような膨大なコレクションもあるし(またそいつの家ってのがでかい)、知的だし、人格もいいし、だからいつも頼まれもしないのにCDをガンガン焼いてショーで出会う人々に友人であろうが今あったばかりの人であろうがばらまく。それも自己製の綺麗なカバー、それにCDR自体にもデザインの凝ったラベルを貼って。僕は彼をいつも変わらぬ友人だと思っている。だが、貰ったラットドッグのCDはたぶん聴く事はないだろう。そして彼には「いや、ラットドッグには全く興味がないんだ」と言う事について、僕には大きな躊躇いがある。長年デッドやジェリーなどのショーを共にした仲だ。

 2000年4月、フィルは肝臓移植手術から見事に復帰。トレイ、ページ、キモックらを率い、サンフランシスコのウォーフィールドで3日間のフィル&フレンズショーを行った。フィルは立ち直っただけではなく、その演奏も言い表せない程高レベルで熱いものだった。その時の彼等のジャムはジャムミュージックの最高峰と言っても過言ではない。それはフィル自身にその3日間の全てをCDに載せてリリースするとも言わせたものだ。(これらのショーは未だにリリースされる様子はない。)ショーの後、「Box of Rain」の音符と歌詞が書かれたフィルからのサンキューカードを宝物のように手にしながら、僕は言葉も少なく感激のあまり身体を震わせながら雨上がりのサンフランシスコの街を歩いていた。

 彼の60才の誕生パーティーはデッドヘッズの同窓会のようで楽しかったが、音楽的にはそれ程突出したものではなかった。その時は誕生日パーティーだから仕方がないと思っていた。そして、デッドさえ(あるいはデッドだから)その日によってショーの出来にアップダウンがあった事は周知の事実だ。その後、念のために同じくショアラインでジ・アザワンズのショーに行ったが、そこには僕の惹かれるバイブレーションとは全く異質のものしか見えなかった。フィル&フレンズはバンドとして今も変貌を遂げつつある。特にガヴァメント・ミュールのワーレン・ヘインズが参加している現在のラインナップは、素晴らしいジャムを繰り広げていると聞くし、いつか近いうちに必ずチェックアウトする必要があると思っている。だが、ショアラインでのこれら二つのショーは僕のジャム人生にとって重要なものだ。なぜなら、彼のショーを欠かさず観に行くファン達と僕の間には、「音楽以外のスペース」での、あるギャップが明らかに生まれている事を僕はその時知ったからだ。

 自分の意見を正直に言えない、嘗ては親密な仲だった友人達と誤解を生むことなく腹を割って話が出来ない。オールドジャムとニュージャムの間にあるギャップは、僕自身の中だけではなくアメリカと日本で運営されているメーリングリストや個人的な会話の中にも無言の葛藤として存在するのではないだろうか。元デッドメンバーが内輪もめしている間に、もともと彼等が大きな啓蒙の力となって今や大いに活発化した音楽の世界が前へ前へと変動して止む事を知らない様相を呈している。さらに、デッドヘッズの流れをくむ音楽ファンには自分の主張を正論として他の意見を論破する傾向の強い「頭でっかち」が多いのも否めない。もっとも、日本人の場合仲間内ではお互いの違いを踏み台にして楽しい会話やちょっとしたからかい、ジョークなどが生まれる事がある。「お前、ピッグペン好きだよな。俺はあいつが抜けてからのデッドの方が好きだけどさ」みたいな会話が自然に出来るように思うのだ。さらに僕が近頃ようやく知るようになった日本のシーンは数年前から続いてきたテクノ系パーティーシーンとジャムシーンが混在した横幅の広いものらしい。その中でトランスやテクノ・グルーブ系のバンドをただテクノっぽいというだけで阻害視するデッドヘッズはむしろ少ない方ではないだろうか。アメリカのデッドヘッズの中には「テクノ」と聞いただけでいやな顔をする者、「ガキんちょがエクスタシー食って踊りまくるただの雑音だ」とはねつける者が非常に多い。インターネットバブルが膨らんでいる時期にミッキーと共にデッドファミリーのオーガニゼーションを率いて株式市場上場のプランを立てていたボビーが、全く退屈な音楽しかアウトプットしていない事はどうなるのだ。キッズ達から35ドルを取り立てる程の内容では全くない。5ドルから10ドルで心と体の洗浄となるようなファットでSICKなライブが出来るバンドは、今ウエストコーストだけでもかなりの数に上っているし、イーストコーストからのニュースも後を絶たない。サンフランシスコのサイケデリックトランスシーンにおいてさえも、60年代以来のヒッピー的観念が今も脈々と流れているというのに。ボビーやラットドッグが単純に好きなのであれば僕にそれを干渉する権利などはもちろんあるはずがない。が、かつてデッドを知らない友人達に一人でも理解して貰おうと躍起になった当人が今は新しいバンドの数々を推薦される立場にある。その時、アメリカのデッドヘッズ達が案外保守的である事に僕は驚きもし、がっかりもしている訳なのだ。

 2001年へのニューイヤーズ。フィルはオークランドの会場で、TOOは同じくオークランドの、しかし別の会場で新年を迎えた。僕は迷いもせずストチー@ポートランドへ行った。ベイエリアにいて元デッドメンバー間の喧嘩の事を考えずに、心底からハッピーな気持ちで「ハッピーニューイヤーズ!」なんて出来るわけがない。情けないと言えば情けない状況だったに違いない。もちろん、ストリング・チーズ・インシデント@ポートランドへ行ったのはそんな事が理由ではなく、ただ僕がSCIが大好きだからだ。SCIのニューイヤーズ@ポートランドに行かれた方も感じられたと思うが、会場の内外のムード、観衆のバイブレーション、イベントの進行など、全てが嘗てのデッドのそれに酷似している。似ていると言うよりは、あのデッドの雰囲気が人為的に進化して次のところまで行きつつあることが身体全体で感じられるのだ。ポートランドで僕は「ジェリーの魂」を感じた。観客の年代層もさまざまだ。若者達はデッドショーというのはきっとこうだったに違いないと想像を走らせ、年輩のファン達は懐かしい思いをしているのだろう。そしてもっとも大切なのはファンの全てが「これからどうなるのかを体験したい」という意欲に溢れている。「ジェリーの魂」は正にその意欲そのものに宿っている。

 これ以外にもジェリーの魂を感じる機会はまだまだある。ハイシエラ・ミュージック・フェスティバルでの熱狂的なミュージック・フリークの群れとミュージシャン達の間の尊敬と交友、そして何よりも両者間のバイブレーションとエネルギーの交換。テーピングを許すバンドの数、膨大なライブ演奏の記録、そしてテクノロジーを駆使したDAT、CDR、MDなどの作成、シェア、収集。ファン同士の、明確なルールのない結束やコミュニケーション、彼等の生活の仕方、一日の過ごし方。そして何よりもミュージシャン達の音楽に対する愛情、明日は知れないが自ら音楽を楽しみ、リスクを犯して新しいものを作り上げようとする姿勢、オリジナリティー、バンドの運営。これらにはグレイトフルデッドというラベルはどこにも貼られてはいないし、それをセールスポイントにするバンドは残念ながら先が見えている。これはフィッシュについても同じ事が言えると想像する。デッド系はデッドが、フィッシュ系はフィッシュが最高のバンドなのだ。ありとあらゆる音楽がジャムの世界で生まれている。それがどのようなものか自ら試しに聴いてみようという自発的な姿勢とオリジナリティーへの視点がファンに求められている状況にある。求められる前に、これだけの音楽があれば新しい音、新しいバンドを聴いて自ら新たな発見をしたいとは思わないか?次はどんなバンドとツアーに行けるのだろうと思わないか?ジェリーがいつもそうしていたように、新たなトリップをしたいとは思わないか?

 最初に述べたラットドックのCDを20代半ばから30代の友人達にプレゼントしようとしたが、誰も欲しいとは言わない。大抵彼等の返事は「悪いけど、他にもっといいCDが入ってきているから」だ。彼等はデッドが活動を停止する前に、デッドやジェリー・ガルシア・バンドを実際に観ている年代だ。デッドは愛しているし尊敬もしているが、彼等のライブはもう聴けない、だが俺たちは生の演奏が聴きたいのだ、という明白な意志を僕は彼等から感じる事が出来る。なぜならジェリーも彼自身の生き方で示してくれた「Be here now」はライブでなければ味わえないものだからだ。

 そろそろ旧友達にはっきりと僕の気持ちを伝える時が来たようだ。

文 by wolf

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