About Words
2002年3月21

diversity

名詞。「多様性」という意味です。90年代からゲイコミュニティーを中心として頻繁に使われるようになったという印象があります。もちろん、ゲイコミュニティーがこの言葉を生んだわけではありません。1991年にサンフランシスコ・ベイエリアに移り住んだ僕が、その頃初めてこの地域の多様性を意識したために使うようになった言葉だからそのような印象があるのかも知れません。サンフランシスコのゲイコミュニティーは、80年代初め、当時ゲイだけの病気として話題になったエイズが世界を震撼させた時、ゲイ達が自己防衛、自己正当のアピールをした時にも使われたに違いありません。

その後、性的な多様性に加え、多民族国家であるアメリカという国内部の人種問題には必ず使われる言葉にもなり、またグローバル化が進行する多くの分野、つまり政治、経済、科学、テクノロジーなどでも使われる言葉にもなっています。

この言葉は、ただ単に何かの「多様性」を意味するだけではなく、人々の意識が多様化に享受的かどうかを知る手段でもあります。アメリカは最近まで白人、ユダヤ人、黒人が代表的な人種だと思われていました。都市やその周辺では、しかし、人種の多様性が急速に進行しているのです。ベトナムからの移民、難民達、メキシコからの移民、不法住民達、冷戦後東ヨーロッパから移民して来た多くの人々、アイルランド人、ロシア人、そして最近は中国やインドからも移民が大量に入国しています。彼等は移民後、それぞれのコミュニティーを各地で形成し、伝統文化を保ちながらもアメリカ社会になじもうと懸命です。こんな状況の中で、この言葉が意味するのは白人、ユダヤ人、黒人達の間での意識そのものが多様化出来ているかどうかの疑問提示でもあると思います。

物事を多様性という立場から見つめ直した時、観察者はすでに多様化を受け入れ、困難な状況にその認識を活用する事をしている筈なのです。その際、誤解してはならないのは、この言葉は必ずしもポジティブな効果だけを生むものではないという事です。多くの民族がただ平穏に共生しているのではなく、90年代にロスで起こった黒人暴動の際に表面化した韓国人コミュニティーと黒人社会の対立などのようなネガティブな要素のの多様性でもあります。

一般にジャムバンドと呼ばれる音楽の世界でも、この言葉はグレイトフル・デッド以降のファンの意識にチャレンジしています。全般的な総称として「ジャムバンド」という言葉が生まれざるを得なかったのは、この多様化を反映したからだと思います。僕達が好きな音楽には、それだけ多くのサブジャンルがあり、その多様化は日に日に多岐に渡って広がり続けています。せめて音楽の世界だけでも平和に保ちたいものです。


healing

動名詞。表面的な意味は「癒すこと、または癒す行為」、または「治癒する」という意味なんですが、今日本でよく使われるあの嫌ったらしい「癒し系」という意味をとして軽く理解してしまうと大変。この言葉の意味は難しいです。理解するのには知識と経験が必要です。僕自身、意味は辞書レベルの方は分かりますが、不幸な事に確信できる経験をしていないんです。

惨憺たる状況で、精神をすり減らしている日本人が「癒し系」を求めるのは理解できます。それ程心が枯渇しているんでしょう。でもいい音楽を愛する人はそんな表面的なレベルでの「癒し」は、何も治す事が出来ないどころかかえって虚しくなるだろうという事はお分かりですよね。「癒し系タレント」の笑顔を見ただけで治療されない事もお分かりですよね。この言葉の意味する深みに少しでも触れると、癒される事の求め方そのものが違ってくると思っています。

この言葉は、受け身の意味を持たないのです。誰かが、何かが、何時かきっと癒してくれるだろう。それを視点を定めずにただ待っている。それらしいものを見出すと飛びつく。暫くは治ったような気がするが、結局は前にも増して治療が必要な状態になる。または単純で病んだリアクションを示す。暴力的な行為はその典型です。ブッシュ大統領やテロリスト達は、治る可能性が全くないところまで狂ってしまっていますが。僕達も、実は彼等と同じ事を小さな目立たないところで繰り返していて、ついには大きな腫瘍になってしまっているのでしょう。

ヒーリングは医学的な意味を持ちます。治療なんです。ただ周りのまねをして、「みんながやってるから」でもダメみたいです。仲間とシェアして助け合うとか励まし合う事はポジティブですし、単にまねをする事とは異なりますよね。また、既存の宗教で解決していたら誰でも幸せになっているはず。

その最初のステップは個人で能動的に行わなければ何も起らないようなんです。では何を通してそれが可能なのか。何を目指せばいいのか。僕にそんな事が分かる分けないでしょ。でも僕にはサウンドと音楽があり、音楽仲間との連帯があります。これらが僕個人にとってのヒーリングのきっかけになっている事は確かだと言えます。トランスパーティーやバンドのショーへ行っても、能動的に、意識的に、自主的に何かをしないと何も起こりません。ショーの後のゴミの山と無神経なオーディエンスを見てうんざりするだけで終わり。ケミカルでも解決は出来ませんよね。ヒーリングは求めると同時に行動する事。医学的な治療の作用がある何かを自分でやる事。

と、理屈だけはここまでは分かってきたんですよ。最近になってやっと。あとは模索中。でもちょっと実行中。


dope

名詞の時もスラングです。この言葉は悪質な中毒性の高いクスリの意味なので、紹介を躊躇ってしまいました。語源についてもっと深く調べてもいいけど、世の中に不必要なものについてそこまで知る必要も暇もないから、勝手な想像で理解する事にしました。黒人ジャズメンの間で使われていたのでしょうね。今でも大体同じ意味で使われていますが、面白いのは使う人それぞれの意味合いが分かると、その人の理解度や政治的スタンスが見えてくるという言葉なんです。

例えば、一人のアメリカ人がマリファナを指してこの言葉を使うのを聞くと、その人はたぶん年輩の方で60年代のヒッピームーブメントを自ら体験する事はなく、テレビ、雑誌、口づてにご近所さんや長年の友人達から聞き及んだだけだろうと想像できます。年輩の方でなくても、非常に保守的なキリスト教原理主義者か職業軍人の家庭環境で育った人であればティーンエジャーでもマリファナ=dopeの公式で理解しています。彼等は麻がどれだけエコフレンドリーな植物で古代の人々の間では食物以外の植物の中でも食物と同じくらいの重要性をもって、広く、無駄なく使われていたという事もおそらく知らないでしょう。ただ単に彼等の理想のライフスタイルには存在してはならない異質のものなのです。なぜ僕達が彼等と同じライフスタイルを営まなければならないのかはよく分かりません。全てが悪質ではもちろんありませんが、市販されている薬品、処方箋をもらって買う薬、アルコール、タバコなど化学物質をこねくり回して精製したものに対しては彼等が無頓着なのも不思議です。もちろん、彼等の知識にはマリファナと他の有害なドラッグとの区別をする基礎が欠落していたり、その基礎さえも完全拒否するという、ある意味ではアメリカの本質を示す特徴があります。

モハメッド・アリはロープ・ア・ドープといういわば囮作戦でチャンピオン、ジョージ・フォアマンの無駄な攻撃を誘い、疲れ果てさせてしまったところで反撃に出て再びタイトルを奪回したのです。疲れさせる、ダメにさせるという意味がここにもあります。

以前住んだテネシー州で、あの素晴らしいアパラチアン山脈の中で生活する人々がこの言葉をソーダやジュースの意味で使っているのを聞いた事があります。特に炭酸飲料の意味だったようです。確かに田舎の方に住んでいる人々の間ではコーラ、ペプシ、マウンテン・デューなんかが一人あたりかなりの量で飲まれているように感じました。

クールなキッズの間でこれを形容詞として使うのをよく聞くようになりました。僕が最近気づいたんだからかなり前からキッズ達は使ってたんでしょう。僕はかなり病みつきになりそうなものをその場で一時的に体験しているいろいろな感情をこれ一言で片づけてしまっているように聞こえます。その形容の対象は、僕達にも親しいものばかりです。音楽、サウンド、照明などのビジュアル効果、デコレーション、オーディエンスのコスチューム、いろんなもののデザイン。何一つ本来この言葉が意味するものとは関係がないし、その臭いも全くしません。そんなものは別に要らないけど、その代わりに夢中になってしまってショーやイベントへ行こうと決める理由となる要素なんでしょう。それもごく軽い意味で使われていて、元の意味にまつわる悲惨なイメージが削ぎ剥がれています。自己虐待とは正反対の源から湧き出る、維持可能でポジティブなクリエイティビティーを可能にするもののスカンキーな臭いは漂っているようです。形容詞の場合の欠点は、ヘッズ達の間でもこの言葉が連想させる陰湿なネガティブさが、不幸にも今も現実であるのも事実で、そのために多くの人が使おうとしない事です。

例文:Jeffree's wicked sound effects and samples are so dope!

 

文 by wolf

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