KARSH KALE | 領域を越えて

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Karsh Kale(カーシュ・カレー)は、インド人の両親の間にロンドンで生まれ、アメリカで伝統的インド音楽と共に育った。彼の名が世に知られる事になったのは、スーパープロデューサーのBill Laswell、Zakir Hussain、Ustad Sultan Kahn等と共にTabla Beat Scienceに参加して以来だ。Karshはロック、ヒップホップ、ジャズ、エレクトロニカ、ダブ、レゲエ、インド音楽など、多岐に渡る背景を持つ。その独特のスタイルはこれらの要素それぞれを取り入れ、彼が実に上手く表現するところの「インドから来た古典的サイエンスフィクション」をクリエイトしている。彼のSound Tribe Sector 9との親密な友好関係は彼を新たなシーンへと押し出し、その音楽の広がりの可能性を証明している。

Six Degrees Recordsにおける彼のデビュー作「Realize」の成功と、現在大きな反響を受けているdj Cheb i Sabbah、the MIDIval PunditZ、そしてKarsh自身のバンドをフィーチャーしたAsian Massiveのツアーはこのクロスオーバーしたシーンの最前線へと押し上げた。タブラを駆使した伝統音楽のオーガニックなサウンドと西洋のビートをミックスしながら、Karshは我々が聴くサウンドのバリアーを不明瞭なものに変化させ、我々のサウンド領域そのものを拡張させてくれる。

Karsh: よう、どうしてる?

Kayceman: うまくやってるよ。そっちはどう?

Karsh: オレもだ。

Kayceman: 今スタジオにいるんだって?

Karsh: うん。

Kayceman: 何やってるの?

Karsh: Gigiのリミックス。

Kayceman: なるほど。ニューヨークで?

Karsh: そうだ。

Kayceman: そこに住んでるんだよね?

Karsh: そう、ブルックリンに住んでるよ。

Kayceman: そうか。まず、音楽的な背景について話したいんだけど。どこかで読んだ事があるんだけど、音楽を始めたのはドラムキットからだった。それは本当?

Karsh: 4歳か5歳、まだ子供だった頃ドラムキットでプレイし始めたんだ。

Kayceman: タブラを始めたのはいつ頃?

Karsh: ほぼ同じ位の時だったよ。でも真面目に取り組み始めたのは10歳位のときだった。始めたのは6歳か7歳の時だったけどね。

Kayceman: タブラを真面目に受け入れたきっかけは?

Karsh: そうだな、伝統音楽を演奏するのにより真剣になり始めたからだと思う。インドの伝統音楽とそのバイブレーションに夢中になって、それが当時聴いていた他の音楽とどんな共通点があるかが見え始めたんだと思う。

Kayceman: 他にはどんな楽器を?

Karsh: 一人で演奏する時は何でもやるよ。ギター、ベース、キーボードとかね。

Kayceman: とても興味があるんだけど、「Realize」でトラックダウンしている時、いろんな楽器も入れたんだろうか?

Karsh: うん、いろんな事をやっている。ドラムキット、キーボード、それにベースラインもプレイしている。オレがやっているのは基本的に4分の3ほどをクリエイトした上で他のミュージシャンを呼んできてそのトラックを完成させるのを手伝ってもらうって感じなんだ。

Kayceman: アルバムのヴォーカルの部分は、アルバムのために特別に録音したものなのか、それともどこからか持って来たものなの?

Karsh: あれはアルバムのために録音したものだ。そこにある曲は全てオレ達が作曲して仕上げたスタジオトラックなんだ。他にもいろいろ違ったものも出来ていて、あと2枚のアルバムが作れるほどの材料を録音し、そこから1枚のアルバムに編集した。

Kayceman: アウトテイクスはいつかリリースされるんだろうか?

Karsh: う〜ん、多分無理だろうな。少なくとも暫くの間はね。

Kayceman: レコードをスピンしたりDJムーヴメントに参加し始めたのはいつ頃だった?

Karsh: ニューヨークに移ってきてからだ。1993年にニューヨークに来て、オレはNYUに通い始めた。必要上凄く小さなアパートに住まなければならなくて、当然スペースが無い。テクノロジーをすぐにでも受け入れなければならない状態だったんだ。バンド経験はあったし、スタジオに入ったり、仕事をするスペースを持つ事にも慣れていたから、オレのコンピューターでソフトを使っていろいろやり始めたんだ。授業や他の事が終わった後に時間があればそうやっていた。そのうちそうやってクリエイトされた音楽自体に興味が湧いてきた。と同時にその音楽とオレがライブで演奏しているものとの共通点が理解できるようになったんだ。

Kayceman: 音楽的に発達していた時期は、ご両親を通じて伝統音楽に親しんだのか、それとも自分で興味を持つようになったんだろうか。

Karsh: 父は伝統音楽の大ファンだよ。家の中ではいつもそれがあったし、僕が勝手に聴いても良かった。ただ僕に押し付ける事はなかったよ。彼は聴きたかったらいつでもいいよって感じだったな。

Kayceman: むしろその方が良かったかもしれないね。

Karsh: うん、うん。

Kayceman: タブラを演奏するコツがつかめてきたというところに達するまでどの位かかったんだろうか?

Karsh: 最初のコツというのはあったんだ。それが励みになったんだと思う。すぐに何とか演奏できるようにはなったよ。ただ、本当のコツなんてないよ。常に学んでいる。

Kayceman: それはかなり励みになっただろうな。僕が知るところでは、まともな事が出来るようになるまでには何年もかかるらしいから。だから最初からなんでも良いからプレイできたというのは・・・年少の頃から音楽人生を歩もうという気になったんじゃない?

Karsh: もちろんだよ。音楽をやりたいという事は分かっていた。

Kayceman: タブラで出せる音には限りがあるんだろうか?

Karsh: うん、いろんな人々が常に新しい音を発見しているとは思うんだが、タブラでは12の主要な音が出せる。文章を組み立てる時の音節と言ってもいい。

Kayceman: そのタブラの音をエフェクターを通してエレキタブラにしているわけだね?

Karsh: そうだ。スタジオでもライブでもその時オレがやっている事によって異なったエフェクトをかける。ある時はディレイペダル、ある時はディストーション、ある時はアンプ、とかね。

Kayceman: 君のリミックスや最近のリリースを聴いて思うんだけど、君の音楽の中に取り入れられている多くのジャンルの中で、成長期にもっとも影響を受けたのはどんなものだった?

Karsh: あの頃はLed ZeppelinやPink Floydとかいったバンドだった。その後は数限りなく異なったタイプの音楽から影響を経て、アーティストとしての僕がより大きな影響を受けているのはPeter GabrielとかBob Marleyといった人々だ。あくまでも一人のアーティストとしてだよ。彼等には彼等がやった事へのアプローチという点で非常に感銘を受けている。しかしミュージシャンとして、あるいはスタイルの面では、余りにも多くの異なったものを聴いているからそのひとつを挙げるのは無理だ。スタイル面で影響を受ける事は多いよ。

Kayceman: 分かるよ。では最近見られる若いバンドについてはどうだろう?君の中で飛び出て楽しんでる連中は誰かという点にとても興味があるんだが。

Karsh: 今凄くイケてる連中は何人かいるよ。例えば、the MIDIval PunditZとかMakyo、ロンドンにはごろごろいるし、Osmani Soundなんかもね。もちろんTalvin [Singh]や他の連中も。

Kayceman: 確かに。

Karsh: このジャンルの中ではね。だけどオレは他のジャンルでも何が起こっているか常にチェックしている。プロダクションの過程でどんな事をやってるかを耳にしてそれを新たなスペースに引き出すとかさ。

Kayceman: 僕はSector 9のZachと幾度も話した事があるんだけど、彼はいつも君の事を凄く誉めて尊敬しているよ。

Karsh: うん、Sector 9は素晴らしいね。

Kayceman: ミュージシャンとしての彼等を君がどう思っているか聞きたいな。特にZachのドラミングについて。何故かと言うと、Sector 9とZachのドラミングがそうであるように、君は多くの人々に新しいスタイルの音楽を紹介していると思うんだ。多くの扉が開け放たれているような。素晴らしい事だと思う。

Karsh: Zachはサンプラーが広まった後に生まれたミュージシャン世代の純粋な代表だと思う。彼のビートに対する理解と、ドラムスでの彼のスピードと機敏さは別の話として、彼の瞬時的に音楽をアレンジする驚くべき才能はマシーンによってアレンジされたあらゆる音楽に彼が馴染んできた証拠だ。これは全く新しい世代で、Zachはその最前線にいるんだ。

Kayceman: 確かに言えるね。君たち二人の間で将来何かやろうという話はない?君がサンフランシスコに来る時は彼も加わるんだよね?

Karsh: そうだ。無限の可能性があるよ。オレ達はまだ出会ったばかりだ。オレ達はまだいろんなドアを開け放っていて、他の人々にこのアプローチを紹介している過程にいる。うん、絶対にあるよ。

Kayceman: 僕が君の名前を初めて見たのはTabla Beat Scienceだった。あのミュージシャン達とは以前から繋がりがあったんだろうか?まだ若い年齢でありながらあんなミュージシャンの重鎮達、それぞれのジャンルのマスター達とどんな風に繋がったのか、とても知りたい。

Karsh: Tabla Beat ScienceはもともとZakir Hussainのソロプロジェクトから生まれたものなんだ。ちょうどその頃、オレはBill Laswellと一緒にプロジェクトをやっていて、彼は同時にTalvinと何かやっていて、オレとTalvinは何かやっていて、TalvinはTrilok [Gurtu]と何かやっていた。だからこのプロジェクトはこれらタブラ奏者達のコンピレーションとして一つになったんだ。オレにしてみればこのプロジェクトに参加できたのはとてつもない出来事だった。と同時にタブラプレーヤーの大半はあのようなタイプのスペースには方向性として向かっていなかったと思うんだ。Tabla Beat Scienceがリリースされてからというもの、いろんな人がかなりクレイジーな音楽を聴かせてくれるようになったよ。

Kayceman: 君にとっては画期的事件だったわけだね。

Karsh: うん、っていうか、他の多くのタブラ奏者やミュージシャンにとっては、Zakir HussainとかSultan Kahnみたいな巨人達が実際に彼等の音楽を全く違うスペースへ持っていってしまった事自体が、大きな励みになるんじゃないかって事なんだ。

Kayceman: その事にも関心があるんだけど、つまり、インドの伝統音楽家達は君の音楽や全般的なエレクトロニック音楽の動向をどんな風に捉えているんだろうか?

Karsh: 彼等は新たな始まりだと捉えている。あるストーリーを過去の方法で話そうとするのがまあ普通なんだが、この場合新しい方法で伝えなければならない。彼等にはそれが見えていると思う。彼等は、若い世代が同じ世代のオーディエンスのために彼等の音楽を再創造し、再発見してるのを見ている。そして、彼等の気持ちはそれによって高揚しているんだ。もちろんそうでない人もいるけどね。両方の反応の仕方があるよ。

Kayceman: うん、ジャズの世界でも同じ事が言えるね。若い連中はかなりプッシュしているし。

Karsh: エレクトロニックのシーンでも純粋派はどこにでもいるしな。

Kayceman: そうだね。インドやアジアでの若い世代のシーンについては何か知っている?たとえば今君が参加しているこの「Asian Massive Movement」のような事をやっている人とか。「Asian Massive」は向うへも届いているんだろうか?

Karsh: もちろんだ。インドの主要都市にはそんなシーンはどこにでもある。みんな夢中だよ。レイブでもクラブでもね。スピンしているだけじゃなくて新しいトラックをクリエイトしているアーティストもいるよ。

Kayceman: エレクトロニックを取り入れたライブ音楽のシーンもあるんだろうか?

Karsh: うん、それはかなり長い間やっている事だ。異なったミュージシャン達と異なったタイプの音楽を取り入れながらね。だけど現在は以前にも増して集中している。世界のムーヴメントとコネクトしているからだ。だからただタブラやシタールを使うのではなくてハイブリッド楽器を作り、ハイブリッド音楽をクリエイトし、半分はエレクトロニック、一方はオーガニックというバンドが出てきている。オーガニックな伝統音楽と西洋のコンテンポラリーな音楽との間にある中間色のエリアで今様々な試行錯誤が行われている。とてもエキサイティングな事だよ。

Kayceman: 君の目標の一つとしてそのあたりの可能性を出来るだけ一まとめにしたいというのがあるんじゃない?

Karsh: そうなんだ。そうやってオレ達が一緒になっていくんだと思うよ。

Kayceman: 君の音楽、レコーディング、ライブは海外ではどう受け止められているんだろう?イギリスではかなり評判がいいのは知っているんだが。

Karsh: 凄いもんだぜ。オレが行ったヨーロッパ各地では、これを海外のものだとかエキゾチックだとかという受け入れられ方がされていなくて、ユニバーサルなものとして理解されている。オレは自分がインド人だからインド音楽を演奏しているんじゃなくて、インド音楽がビューティフルだと思うからやってるんだ。それを人々にシェアして音楽が以下に美しいものかを知って欲しいだけなんだ。

Kayceman: 本当にそうだね。僕は君自身のバンドの演奏をとても楽しみにしているんだ。レコーディングされたものとライブとはどの位違うんだろう?レコード上のものを再現する事は出来る?

Karsh: オレ達のライブでは、オレがトラックを作り上げる過程で通常詰め込む要素を演奏してくれるようにバンドを作っていったわけだから、一曲を演奏しようとする意図はあっても再現しようとはしていないんだ。例えばキーボードのパートとアシッドのラインはギターで演奏されたり、ギターのパートはキーボードでやったり、ヴォーカル部はフルートでやったり。オレ達はライブで曲を再構築してしまっている。その曲のエッセンスは確実に捉えられているけどね。奏法を変化させているんだ。

Kayceman: するとその日によって君達の演奏は大きく変化すると考えていいんだろうか?

Karsh: うん、その通りだ。オレ達が演奏するスペース、ハコ、その時のバイブレーションなんかによって、三つの違った方法、つまり三つの異なったタイプのエネルギーで演奏する。これはいい事なんだ。例えば君がDJだったとする。君はテンポを変えたりピッチを変化させる事はできるが、バイブレーションはそうは行かない。同じ曲だからだ。だけど毎回違った風にリミックスは出来るよね。

Kayceman: Master Musicians of Jajoukaの事は知っている?

Karsh: もちろんだよ。

Kayceman: じゃあSkerikも知っているよね?彼はCritters Bugginのサックス奏者で彼等と長いツアーを一緒にやったんだ。それはいいとして、僕は彼と話していて、彼はMaster Musicians of Jajoukaの音楽のスピリチュアルな部分について語ってくれた。それがどのように組み立てられていて、ヒーリングとしてみられているか、とか。そこで尋ねたいのは、君は君の音楽に限らず、音楽一般が心や魂をヒールするために使われるという点をどんな風に感じている?

Karsh: それは常にオレが音楽をやっている理由だ。中毒になったと言ってもいい。つまり、音楽が周りに無いと個人的に落ち込むんだよ。オレにとって音楽は正にそれだった。またそのような音楽にずっと魅了されてきたとも思う。オレの音楽にその要素を味付けしている訳じゃないよ。ただ人がアクセスする事さえ出来れば音楽自体がそんな要素になり得ると考えるんだ。オレ自身にとっては特に伝統音楽はいつもその効果をもたらした。スピリチュアルで情緒的なレベルでね。

Kayceman: うん、全く同感だ。僕が君の音楽や音楽全般に魅了されるのはそこが理由なんだけど、君の音楽はそれが前面に出されているように思う。スピリチュアリティーの話になったから話して欲しいんだが、音楽以外で君の人生にとって影響されるようなもの、例えば本とか人物とか、君の道を左右するようなものはあった?

Karsh: オレの生活で現在フォーカスしているのはオレの家族、つまりパートナーと子供だ。オレを引き締めてくれたんだ。その前はオレの人生はバラバラだったように思う。オレの音楽に対するアプローチと同じように、オレの人生に対するアプローチもシンクロナイズされている、今はね。

Kayceman: これもどこかで読んだんだけど、Zakir Hussainは君にとって大きな影響を受けた人なんだよね。実際に彼と会ってどんな気持ちだった?

Karsh: 僕の父親がZakir Hussainの音楽を聴かせてくれた最初の人だった。父はオレがドラムに夢中になっているのを見て、これを聴かなきゃ何も始まらん、みたいな風だった。父に連れられて彼のライブを観に行き、そこでヤラレてしまったわけだ。それから毎年彼に会いに行ったよ。毎年3回必ず会いに行ったんだ。だから彼は僕の成長を観ていたわけだ。会いに行く度にオレはその時点でやっている事を彼に話したから、オレが何をやっていたかは知っていてくれた。だけど彼から直接何かを学ぶ機会はなかったんだ。オレはだからいつも遠くから敬慕していたんだ。タブラ奏者としてだけじゃなくて、彼の非の打ち所の無い趣味や彼が話す時の雄弁さなどからも驚くべき影響を受けた。Zakir Hussainの与えるもっとも大きな影響はそこにある。そして、それはずっとオレの中にあり続けている。実際に彼と仕事をしている今もだ。

Kayceman: 彼と最初にコラボレートして仕事をしたのはいつ?

Karsh: Stern Grove [サンフランシスコ市内の公園内にあるコンサート会場。毎夏フリーコンサートシリーズがあるので知られる]のステージが最初だったんだ。もちろんその前にリハーサルも一緒にやったわけだけど、一緒にあれこれやってオレ達の楽器で実際にコミュニケートし、会話を交わしたのはあの時が最初だった。あれ以来、オレ達はショーを何度も共にしたし、今年の終わり頃一緒にレコーディングする事にもなってる。

Kayceman: Zakirの下で学ぶ機会が無かったと言ったけど、誰の下で勉強したの?ニューヨークでは君の先生になるような人はあまり考えられないんだけど。

Karsh: 実際、僕の演奏は数年の間ほとんど自分で勉強したものなんだ。限りない数のCDを聴いて、無限の数のコンサートに行って、ビデオを観て、オレが出している音と聴いている音を比べながら自分で上達しようとしたんだ。

Kayceman: ドラムキットやロックではなくてタブラを始めた事は君の両親を喜ばせただろうか、それともそんな事はもともと君の家族では問題じゃなかった?

Karsh: うん、両親はオレの関心がその二つの間を行ったり来たりしているのを見ていたんだよ。タブラに夢中になっている時もあれば何ヶ月も放ったらかしにしていたりね。だから、もしオレが音楽は止めだと言ったとしても問題にはならなかったと思うし、一方ではオレが音楽をやっている事はとても気に入ってくれていたんだよ。両親にしてみればオレはやるとなったらやると考えていたんだろうな。結果的には両親が正しかったんだな。オレは結局なるようになれという感じでやってきたわけだから。

Kayceman: 最初にレコーディングを始めたのは1995年か96年あたり?

Karsh: うん、その頃だった。

Kayceman: 何故今ごろになってファーストアルバムがリリースされたんだろう?

Karsh: そうだな、その頃のオレは常に他のミュージシャンと何をやりたいかという設計図を作ろうとしていたんだと思う。僕はエレクトロニックミュージシャンにはなりたくはなかったというのが基本的にある。ノブを回していじくるだけのアーティストになるつもりはなかった。サウンドを見出す事が出来るようになりたかったんだよ。だからミュージシャン達を集められるようになり、Sultan Kahnみたいな人をスタジオに招く事が出来るようになった時点でレコードを世に出す時機が到来したって事だ。

Kayceman: 「Satellite」というトラックでSultan Kahnのヴォーカルをどうやって録音したの?

Karsh: あれの大部分は彼が自然に作り出したものなんだ。彼は曲を聴いて感じたものをやってくれて、その後一緒に曲に組み込んだ。

Kayceman: 普通ある曲を作り始める時点で、ある公式のようなものにそって作る傾向はある?たとえばビートからとか、コード進行とか、ドラムマシンとか?

Karsh: いつも違う。何があるアイディアをスパークしたかによる。ラガや別のもので始めなければならないという見方で始める事は決してない。それはある伝統音楽の一部分だったり、メロディーだったり、コード進行を伴ったメロディーであるかもしれないし、ドラムのパートかもしれない。いつも違う形だね。

Kayceman: いつもアイディアが浮かぶきっかけになるようなものなんてあるだろうか?

Karsh: オレが感じるものであればなんでもそれを受け止めているんだと思う。なぜなら全ての事物にはどこか音楽的なテーマが秘められているからね。

Kayceman: オープンであり続けるって事なのかな?

Karsh: そうだ。

Kayceman: 近々レコーディングの計画は?

Karsh: 来年の春にリリースしたいと思っているレコードに着手したよ。

Kayceman: 将来的にはライブ活動とレコーディングとを両立させていきたい?それともスタジオ中心の活動になるんだろうか?

Karsh: 次のアルバムではライブの要素が比重を占めていると思う。トラックにスペシャルゲストを招き入れるのと反対に、一緒にやっているミュージシャン同志の繋がりが大切になるんだ。そしてステージ上での活力が生まれるように、みんなで一緒にサウンドを作り上げる。Asian Massiveツアーの場合はコンテクストをクリエイトするのが中心になっているんだが。

Kayceman: オーディエンスはこのスタイルの音楽に対してとてもオープンだと見受けられるんだけど、それは君やTalvinのような人が関与しているという事が大いに言えるんじゃないかと思う。扉は前に比べてより広く開かれているし。他のいろんなジャンルの音楽をクロスオーバーさせるような構想は持っている?

Karsh: もちろん。オレが受け入れたい要素については全く制限が無い。ただ一つ選択の基準があるとすれば、それは同じ趣味の枠内にとどめたいとする事だけだろうな。なぜなら世界の音楽の中には利用されてしまっているものもあるからだ。世界の音楽の様々なタイプによってはいろんな意味で開拓され尽くしている。決して悪い事ではないんだが。オレは単純にそれを選ばないだけだ。

Kayceman: 言えるね。ルーツに固執する事は必要かもしれない。いろんなところから音楽を理解もしないでただ引っ張ってくるのがよくないわけだ。君を観たのはSector 9とやった時が最後だったんだけど、君はあの音楽をさらに次のレベルへと高める要因だったと思うんだ。彼等を例にとって言えば、彼等と演奏してどんな風に感じた?

Karsh: 爆発的だと思うな。あの場合、オレはこのまったく未知のバンドとプレイしていたわけだ。その一方では長年付き合ってきたバンドのような気がしていた。

Kayceman: わかるよ。

Karsh: どうしてかというと新しい世代のミュージシャンだからだ。新しい世代で過去20年間の出来事に関する理解を持っている。それは全く違ったタイプのミュージシャンで、Sound Tribeは正にそれなんだ。

Kayceman: 他に同じようなバイブレーションを持ったミュージシャンと共演する事はある?あるいは同じようにパワフルなバイブレーションを持った連中とか?

Karsh: うん、Tabla Beat Scienceなんかはそうだ。あるいはオレのバンドで演奏している時とか、Sussan Deyhimとやっている時とか。それにMad Men of Godとかね。とてもクレイジーだ。いろいろ違ったシナリオがあって、オレはドラムキットをプレイしたりタブラを演奏したり、その両方をプレイする時もある。これらのミュージシャン達が出会って、君が言ったように音楽を次のレベルまで持っていけるようなスペースに入り込む事が出来ればいいんだ。

Kayceman: このツアーではドイツへも行くんだね?

Karsh: そう。さらにその後はメキシコへ行ってそこのバンドとやる事になっている。

Kayceman: 誰なんだろう?

Karsh: メキシコのバンドなんだ。メキシコ版BeckとBeastie Boysが一緒になったような感じのバイブだ。

Kayceman: 面白そうだな。

Karsh: その後LaswellやPharoah Sandersと一緒にMaterial関連の仕事をするのにドイツへ行く。

Kayceman: Laswellについて尋ねたいな。彼の音楽に出会ってからというもの、非常に関心があるんだよ。彼とはどのようにして出会ったの?

Karsh: 彼はいつでもシーンで何が起こっているかを見つめていて、実際に彼と仕事をする4年も前から彼はオレがやっている事に気付いていたらしい。やってきてはオレがやっている事をチェックしていたんだ。オレはthe Bell Cafeというバンドで演奏していた事があって、オレはエレキタブラをやって、ディジュ奏者、ドラマー、ベーシスト、いろんな飛び入りゲストがいた。オレ達は非常に親近感ある、アンダーグラウンド風のスペースで新しい事をやろうとしていた。彼はそれを察知していたし、多くのミュージシャン達も来ていた。彼はずっと見ていたんだよ。それにオレがDJ SpookyDJ Logic、さらに他のアーティスト達ともいろいろやっていた事も知っていた。だから最初にあった時点で彼は状況を知っていたし、それはオレも同じだったんだ。

Kayceman: 彼と最初にコラボレーションをやったのはいつで、最初にやったのはどんなものだった?

Karsh: 初めて一緒に仕事をしたのはStingのリミックスだった。

Kayceman: Materialではドラムキットを担当したんだね?

Karsh: 最も最近のレコードではやってないけどね。

Kayceman: でもMaterialとは一緒にやったんだろう?

Karsh: Materialでオレがやったのは、全く別のところで彼とレコーディングして、その素材がたまたまMaterialのレコードに納まっただけなんだ。

Kayceman: なるほど。

Karsh: Materialは常に変貌しているから・・・

Kayceman: あの「Hallucination Engine」。あれは僕が大学を出た後に一度聴いて新しいワールドミュージックに注目するきっかけになったものだ。Laswellと同様に。

Karsh: そうなんだ。

Kayceman: 貴重な時間を割いてくれて有り難う。

Karsh: 楽しかったよ。有り難う。

Kayceman: こちらこそ、有り難う。Peace。

Karsh: Peace。

 

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(訳 by wolf

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