ファリード・ハーク。現役の音楽科教授であり、2001年に多くのミュージック・フリーク達の間でセンセーションとなったガラジ・マハルのギタリストである。彼のギターはテクやセンスだけにとどまらず、ワールドミュージックの要素、グルーブ、そしてステージでのユニークな存在感でファンを唸らせた。今年の彼の活動からは目が離せない。JambaseのKaycemanとの会話はシカゴを中心に活動するファリード・ハーク・グループを前面に押し出した内容で、今まで知らなかったファリードの実像が明らかにされている。これは2部からなるインタビューのパート1。
ファリード・ハーク | 子供から教授へ
Photos by D. Skach
世の中には多くのギタリストがいる。そして本物のギタリスト達がいる。ファリード・ハークは後者の部類に属するギタリストだ。彼は突如荒々しくシーンに現れ、国中のベニューで活躍している。この人の持つ深さは、そのギター演奏をはるかに越えたものだ。終身教授の地位にあり、夫であり、演奏は6弦楽器を越えてアコースティック、エレクトリック、シタールに及び、クラシック音楽を手がけ、ギターとシタールのハイブリッド楽器までこなす。だからファリードをただギタープレーヤーと呼ぶのは不正極まりない事なのだ。昨年彼のバンド、ガラジ・マハルは大きな反響をもたらしたが、近頃僕がときに関心を持っているのが彼が以前から活動を共にしてきたタイトな共同創作ユニット、ファリード・ハーク・グループだ。DJとタブラ奏者をラインナップに持つこのグループは「タントリック瞑想」とも言われている。ファリードとの密接な会話で、僕達はバングラの話題からなぜファリード・ハーク・グループが女性にウケるのか等までを知る事が出来た。この会話は非常に興味深いインタラクションであるため、その全てを伝えようと二つのパートに分けてお送りしたい。これはそのパート1だ。楽しんで読んでほしい。そして、パート2にも乞うご期待。
Kayceman:最初に背景の情報について話して下さい。どこで生まれたのですか?
Fareed:ここシカゴ生まれだよ。
Kayceman:子供の時から世界中を旅していると読んだのですが。
Fareed:そうなんだ。成長してからももちろんそうなんだが、子供にしてはかなり旅をしたね。6ヶ月の時、パキスタンで生涯最初の6ヶ月を過ごした。その後シカゴで1年弱いて、その後しばらくチリで住んだ。
Kayceman:ご両親はそこの出身なんですね。
Fareed:そう、チリだ。
Kayceman:多くの旅から音楽的な成長への影響はあったと思いますか?
Fareed:うん、そこが面白い点なんだが、僕のキャリアの最初の半分はいろんなラテンバンドで演奏していたし、今はインドとパキスタンの音楽に影響されたものをプレイしている。僕の両親が集めたレコードコレクション、特に僕の子供時代からのものは、みんなインドや南米の音楽なんだ。僕は独立した人間で、意図した通りに成長したとも思いたいけど、結局はそんな環境によって成長したんだね。
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ファリードとゴラン・イヴァノビッチ
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Kayceman:100%賛成です。
Fareed:どうしたって僕は半分パキスタン人で、半分チリ人なんだ。
Kayceman:いつギターを弾き始めたんですか?
Fareed:8才か9才の頃ピアノを始めた。ギターを始めたのは11才くらいの時だ。ちょうど僕の声変わりの時で、髪も上唇まで伸びていたりね。何か特別な理由があったんだろう。
Kayceman:そうでしょう。みんなギタープレーヤーになりたいと思うもんですからね。
Fareed:絶対そうだ。最初に覚えた曲は「ステアウェイ・トゥ・ヘブン["Stairway to Heaven" − レッド・ゼッペリンの代表作]だったと思う。実際に今思い出したんだが、僕はその頃Fog Hatのカバーバンドで弾いていて、「ステアウェイ・トゥ・ヘブン」もやろうという事になった。僕はピアノプレーヤーだったんだが、ギターのやつがその曲を弾けなかった。だから僕がギターであの曲をやったんだ。それが始まりだった。
Kayceman:ハイスクール時代もずっと続けて、そしてジャズのスカラシップをもらってノース・テキサスへ向かったんですね?
Fareed:そうだ。
Kayceman:そこで確認したいのは、クラシックギターにもかなり熱中して、それがノースウエスタン大学への道を開いたと読んだのですが、これは正しい情報ですか?
Fareed:その通り。ノース・テキサス大学で1年過ごした。その間にその学部にあるギターの講座はほとんど終えてしまった。他のクラスもだ。他に取るギターのクラスもなく、ジャズ伝統の地のひとつであるシカゴに行く事も出来るのに、何でテキサスにいなきゃならないんだってことになった。で奨学金をちょっともらってノースウエスタン大学でクラシック音楽を学ぶ事になった。その間もその街で出来る限りプレイしたよ。
Kayceman:そこでもう一つ知りたいのですが、大学を卒業した時、音楽のキャリアのために一体どんな事をしていたんですか?
Fareed:シカゴで大学2年目の時、僕は出きる限り多くの所でいろんなミュージシャン達とジャムるようになっていた。そこでベラ・フレック&ザ・フレックトーンズにいたハワード・リーヴィーに出会ったんだ。ハワードと僕は一緒に多くの演奏をこなしたよ。彼はパキート・ド・リベラのバンドに紹介してくれて、大学3年目の終わり頃から4年目にかけて僕はツアーもするようになった。大学を卒業する頃にはどこかでジャムっていたために卒業式にも出られなかった。もう仕事は始まっていたんだ。教師として生徒達に奨励したいのは現実への目を持つ事だ。もし彼等が卒業する前にキャリアのために何かを始めていなければ、卒業した時点で白紙の状態から何かを始めるのは困難な事だからね。その時はすでに20、21、22才頃だろう。それじゃもう遅いんだ。
Kayceman:初めて自己のバンドを結成したのはいつで、どんなバンドだったのですか?
Fareed:パキートとやり始めたのが最初だね。僕はそれ以外にもシカゴのクラブでちょこちょこと小さなギグをやっていた。クラブのオーナー達がなんで僕自身のバンドを連れてこないんだってうるさかったからね。だか大学の生徒や友達を連れてきては演奏していた。パキートと数年やっているうちにクリスティン・リードと出会ったんだ。その頃彼女はスティングが資金を出していたパンゲア・レコードの社長だった。彼女は僕がパキートと演奏しているのを聴いて、デモテープか何かを送って欲しいと言ってきた。その時、僕は僕の音楽がどういったもので、それを15分という短時間にどのように表現するかを決断しなければならなかった。僕はスタジオに入ってアコースティックのクラシックギターをフィーチャーした自分の曲を3つか4つレコーディングしたんだ。スティングはそれを聴いて数枚のアルバムに参加できるようにパンゲアと契約を交わした。その頃は主にアコースティックギタリストと思われていた。エレクトリックも時々は弾くけど、僕が熱心だったのはアコースティックだったからね。だからエレキをより多く演奏しているのはこの数年で、たまたまエレクトリックを弾けるプレーヤーとして知られ始めただけだ。
Kayceman:タイムラインを整理したいのですが、いつガラジ・マハルとファリード・ハーク・グループが出来たのですか?
Fareed:ファリード・ハーク・グループはかなり前、1988年にスティングのレーベルと契約した頃から始めたものだ。ジョナサン・ポールに会ったのは、僕のブルーノートでの2枚目のアルバム「Opaque」の頃だから94年か95年の事だったと思う。僕のドラマー、ジョー・ビアンコに会ったのは僕のデビューアルバム辺り、その1年前くらいだったかな。それからタブラや僕の生徒の一人で北イリノイ出身のエリック・リーヴィー達と一緒にやるようになった。僕達は家族のような、音楽的に強く結ばれたユニットになった。いろんな出来事やクレイジーなギグの数々、そしてショーのあとのクレイジーなパーティーの数々を経てね。ガラジと演奏するようになったのは1年ちょっと前。僕達はバンドにフィットするキーボードプレーヤを探していてエリックが参加したんだ。僕のバンドから始まって今はガラジ・マハルへの進化はごく自然なものと言えるね。
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バーベキュー・マスター |
Kayceman:あなたの中では他のものと比べてひとつのコラボレーションにより力を入れていると思いますか?
Fareed:そんな事はないよ。確かに今ガラジ・マハルで演奏する事は多い。知名度も高くなってきていると思う。だけど僕は僕なりにファリード・ハーク・グループとガラジ・マハルのバランスを取ろうと努力しているんだ。一部にはガラジ・マハルがよりコマーシャルだと言う事もある。悪い意味ではなくて、楽しいという意味でね。歌もあるし、ステージに上がっている事の不思議さという事もあるだろう。プードルについてのおかしな曲を演奏するとか、いろいろ楽しい事が多い。ファリード・ハーク・グループはよりグルーブ中心のバンドなんだ。インド−ファンクっぽいグルーブを演奏する。よりディープなトランスのようなグルーブだね。ファリードのギグを観に行くとハイテンションのトランスミュージックを3、4時間ノンストップで聴けるよ。客達は当然グニョグニョ踊りだす事になる。
Kayceman:是非観てみたいですね。
Fareed:かなりハイテンションだよ。
Kayceman:僕もちょっとだけ聴かせてもらったんですが、ちょうど僕が気に入りそうな感じなんです。
Fareed:うん、いい音出していると思うよ。君が聴いたものはまだミックスされていないもので、まだDJの部分なんかも入っていないものだけど。
Kayceman:その辺りにはとても興味がありますね。そのDJの名前は?
Fareed:DJカッポっていうんだ。
Kayceman:どこかで読んだ事がある名前だな。DJフロントラインだったっけ?
Fareed:うん、その名前がオフィシャルかどうかは確かじゃないけどね。著作権に引っかかる所があるかもしれない。
Kayceman:同人物かな?
Fareed:同じやつだろう。
Kayceman:彼はみんなが演奏している時にスピンするんですか?
Fareed:当たり前だ。バングラって聴いた事あるか?
Kayceman:いいえ。
Fareed:バングラは歴史的にミキシングDJのムーブメントのようなもので、インドやパキスタンの映画のサウンドトラックをリミックスするものだ。インド人やパキスタン人が多く住んでいるイギリスやトロントではかなり知られたムーブメントになっている。近頃ではタブラやシタール、そしてDJをバンドの中に取り入れるのは南アジアのコミュニティーではヒップなものになってきている。ある意味ではセクター9がバングラをやっていて、その上に不可思議なギターが乗っかっているようなもんだ。
Kayceman:それは僕が今一番気に入っているバンドなんです。
Fareed:セクター9は物凄くいい。僕達ではある曲ではジャングルっぽい事をやって、他の曲で結構イケルビートをやっている。それでも僕達は皆生で奏ってるんだ。
Kayceman:ファリード・ハーク・グループでシタールも聞こえますが、あれも弾いているんですか?
Fareed:そうだ。
Kayceman:僕もそうだろうとは思ったんですが、何か足してあるものもあるのかなとも思ったんです。
Fareed:僕はカスタムビルドのギター・シタールを持っている。ニューメキシコのキム・シュワルツが作ってくれたものだ。こいつのいい所はシタールである事は確かなんだが実際にでかい音でロックできるんだ。普通シタールという楽器はソフトでアコースティックなものだからね。
Kayceman:The Slipというバンドについてはご存知ですよね。
Fareed:うん、ブラッドとは何度も演奏した事があるよ。
Kayceman:そう思ってました。彼も同じような楽器を持ってますよね。
Fareed:彼のはコーラルシタールだ。たぶん60年代と70年代にエレクトリックシタールとしてデザインされたものだと思う。あれはシタールの特徴を持っているけど、僕はあまり弾いた事がない。だから僕の楽器とどれほど同じか違っているかについては確かではない。僕のにはギター弦に加えて13本のドローンストリングスが付いている。つまり、ハープのような共鳴弦が張ってあるんだ。
Kayceman:あなたの話を聞いているとますますファリード・ハーク・グループが聴きたくなってきましたよ。
Fareed:楽しいバンドだよ。リスナーにとってガラジとファリード・ハーク・グループの違いが分かるのにちょっと時間がかかってしまうのは残念だが。ガラジ・マハルでは僕は一晩中ロックアウトしている。もちろんそれ自体はぶっ飛んでるんだ。誤解しないで欲しい。ファリード・ハーク・グループはもっとファンキーだ。もうちょっとテンションが高く、催眠術のようで、インドっぽくて、ファンキーなんだ。それにもうちょっとジャズっぽいな。
Kayceman:あのDJの話が頭にこびりついてるんでもう一度聞きたいんですが、バンドが演奏していて彼がスピンしている時、彼はどんなビートを回しているんですか?彼はターンテーブルでどんなものを使っているんでしょう?
Fareed:そうだな、僕達はいつもその事について議論している。(笑)いや、僕はビートに関してはハマってるよ。ジャングルのビートが多い。サンプリングもかなり入っている。そんな感じだよ。ループとかインドのドラミング、インドのボーカル、そんなところだ。
Kayceman:DJを使って音楽を押し進めるというのは、ほぼ必要なものになってきていると思うんです。将来へ向けてのムーブメントであるようだし。
Fareed:うん、今それがみんながやってる事だね。つまり、僕達はみんな多くの異なるタイプの音楽に接しているという事だ。だから今面白いのは、それらの異なった音楽がお互いに連携しあうという事だろう。それは最近いろんなところで行われている事だ。新しい事としては、さらに異なるタイプのグルーブ、異なるサウンド、DJが提供する膨大な彩りなどを上向きに保ちつつ、即時的に実行できるという事だろうと思う。シングルを買いに行くようなものでもプログラムされているようなものでもなく、音楽が再び社会的構造の一部になり得るような、僕達の毎日の生活の一部になり得るような、それでいてヒップで、最新のテクノロジーを使うというようなところへ持っていく事だ。
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KDTUとロックアウトするファリード |
Kayceman:そうでしょうね。僕は一月に2回ほどインタビューをする機会があるんですが、僕が尊敬して止まないミュージシャンの多くががエレクトロニックミュージックやDJについて大変な石頭だという事に驚いている状態なんです。
Fareed:否定的という意味で?
Kayceman:そうなんです。とてもアンチなんです。ただの想像ではなく。実際、数日前にもある人と会話する機会があったんですが、この話題に関しては全く意見が合いませんでした。ファリード・ハーク・グループにDJがいるなんて思いもよらなかった。だって、おっしゃったように聴かせて頂いたものにはまだDJがミックスインされてなかったものだから。
Fareed:僕達はいつも綱渡りしているようなもんなんだ。でも、テクノポップ入門その1みたいにはなりたくないよ。(口で4ビートを刻み始める)ボン、ボン、ボン、ボンってね。
Kayceman:ええ、あのハウスビートは好きじゃないですね。
Fareed:確かにクールなビートではあるよ、最初のうちは。でも一晩中ストロボライトやってるわけじゃないだろう。バランスが必要なんだと思う。今や数え切れないほどのDJがいて、ひどいミュージシャンのDJがいるけど、僕が言っているのはテイストの問題だという事なんだ。いい音楽というのは結局は才能によるものではなく、テイストの問題だからだ。僕が知る限りでは驚くべきテイストを持っているやつがいて、彼等の音楽は素晴らしいものだよ。どの要素を取るかは問題じゃない。お箸でもペイントでも英語でも音の断片でも、それらは全てあるアートフォームへと組み立てられるパズルなんだ。
Kayceman:そうですよね。とてもいい表現だと思います。
The Kayceman
JamBase | Head Quarters
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(訳 by wolf)
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