「チーズがさらに糸を引いた・・・僕は再びソングライターに(そして楽天家に)なった」
by ジョン・ペリー・バーロウ

7月4日スティームボート[コロラド州のスキーリゾートエリア]で観たストリング・チーズ・インシデントのコンサートについて僕が書いた怪しげにも大袈裟な経験談をみんなは覚えていると思う。

あの経験は正に身体全体がほてるようなもので、その後僕の人目ぼれしやすい傾向にまたもや騙されたのではないかと疑うほどだった。或いは多分、フラフープでしなやかに踊る多くの魅力的な女性達に煽られてとてつもない興奮の波にさらわれたのかとも考えた。もちろん、僕の可愛い三人の娘達がこれ以上楽しいものはないかのようにはしゃいでいる光景を見て心臓が張り裂けるような喜びを味わった事もある。

また、他には見ないほど文明的で愛すべき特性を持ったオーディエンスが、この超自然的にタイトで愛すべき「ブルージャム」バンドの周辺に増大するカルチャーと同等にコロラド州一般の特徴を表現しているのではないかとも思った。(もっとも、近頃僕がコロラド州のカルチャーを目の当たりにしたところ、この理論はすぐさま捨て去られるべきものなのだが。)

とにかく、僕はあの経験をもう一度テストにかける必要があると考えた。それに、スティームボート・スプリングスで作曲を始めようと話し合った手前もある。作曲は僕が想像していたよりも僕が再び試してみたい事だったのだ。だから彼等の今のレパートリーを熟知した上で本当にさらにいい曲が僕にかけるのかどうかを知る必要も合った。

こうして僕は、このバンドと彼等のファン達が僕にとって正真正銘クールな連中なのかを確かめるため、(客観的に物事を見るために)僕の友人キャロリン・”MG"・ガルシアの十日ほど前、次のインシデントへ向けて出かける事になった。

このインシデントは、8月10日から13日までの3夜に渡って行われ、オレゴン州ポートランド市の西にあるホーニングス・ハイドアウトと呼ばれる森の中のパラダイスのような会場でのものだった。インシデンタリスト達はそこへ招かれ、3日間キャンプする事になっていた。

バンドの意図は明確で、僕の友人ハキム・ベイが言うところのTAZ(Temporary Autonomous Zones)、つまり、通常抑圧されているカルチャーが短時間の間だけ真の自分自身でいる事ができる無政府的保護区域とも言うべき臨時自治ゾーンを作り上げる事だった。妖精の羽が生えた、より馴染みやすいバーニングマンとも言えるが、その効果は文化的な無政府状態を一時的でありながらもクリエイトするという点で全く同じである。

マウンテンガール(彼女はそう呼ばれるたびにびくっとするのだが、それが僕の知る彼女の名前なのだ)は彼女なりの疑問も抱いていた。僕達は、かつての夢がその輝きを失った(あるいはそれ以下の状態になり果てた)のを共に目の当たりに見たのだ。

実際僕達二人は、合衆国が60年代以来2度目のブッシュ政権に突入する今、僕達の理想が僕達よりも長生きできるのかどうかさえ疑っていたと思うのだ。

すでにご承知の通り、僕はパラノイド(自己中心的被害妄想ということだ)だが、さらにご存じのように僕のパラノイアは最近あまりにもうまく制御出来すぎていた。昨年の冬ほどは暗くはないつもりだが、つい先ほど7月に起こった小さな出来事が原因でイーヨーよろしくぶつぶつと文句を言った事もあるのだ。

ホーニングス・ハイドアウトを後にした時点で、僕達はより明るい見通しを持っていた。ホーニングスで4から5千人のインシデンタリストの間に起こった出来事はコロラドでの僕の経験をそこそこのイントロのように感じさせてしまった。今までかつてあのように純粋な楽天主義の噴出にお目にかかった事はない。

あるセットの最中に一人の女の子が妖精の羽を僕の背中にそっと着けてくれた時など、僕は彼等の周波数に実にタイトにはまってしまって、その夜はずっと羽根を着けたままにしておくほどだった。暗いワイオミング州から来た17年間共和党を支持してきた牧場主の僕が、未だ存在を知らなかった僕の内部に住む妖精と初めて心地よく接する事が出来たのだ。

音楽(君たちがそれをどう呼んでいるのかは知らないが)は、明らかにオーディエンスとバンドが一体となってクリエイトされるものだ。それはまるで飼育用のリアクターのように、僕達みんなが疲労困憊した後でも疲れ果てた者を動かしめ、僕達を踊らせ、彼等を演奏に走らせるものと成り得る。

2日目の夜、バンドは6時間に渡って演奏を続け、そのうち2時間はと言うと、ファン自身によってリハーサルもない演技のための即興サウンドトラックだった。それは炎がうねり、足長人形が歩き、白鳥が踊るという心がぶっ飛ぶようなイベントだ。この祭典の自己組織された性質にもかかわらず、僕の目にはサーク・ド・ソレイユのプロダクションにも劣らぬタイトな演出と創造性を兼ね備えた者に見えた。これは断じて誇張ではない。

この人々の間では何か特別な事が起こりつつある。それは僕に希望を投げかけてくれる。まるでアメリカのLoveカルチャーがもう一度チャンスを与えられたかのようだ。もしかすると今度は機能するかも知れない。もしこのスケールが大きくなっても成立できると僕は思う。このキッズ達は、僕達がかつて熱心すぎるほどに、そして自意識過剰的にそうであったように、「意図的に」それを実行しているわけではない。彼等は正にそれそのものなのだ。

彼等は考えることなく思慮深い。気にとめることなく思いやりがある。無意識に認識している。彼等はまた驚くほど信頼でき、そして自主規制が出来ている。Loveを思う存分撒き散らし、誰もそれを利用すると思わぬ現実的な自信さえ持っている。

そして、この完全な開放地区では誰が何をしても咎められない環境であるにもかかわらず、一人の飲んだくれも、サイケデリックに墜落する隕石のような奴も、怒った顔も見かけなかった。もちろん暴力的な事はその臭いさえなかった。

それは彼等がただへらへらと笑う頭の鈍い連中だからではない。そんな連中もいたのかも知れない。だが、彼等は暗闇を抑圧するよりもむしろ出来る限り光を放とうと選択したのだ。

MGは、この光景がただの希望に満ちた幻覚のエピソードに迷い込んだわけではないとようやく納得したらしく、ある時僕に向かってこう言った。「ねえ、このシーンを語るのに最も程遠い言葉って『邪悪』よね。」その通りなのだ。

後日、僕はバンドのエレクトリック・マンドリニスト/バイオリニスト、マイケル・カンに話してやった。「Yeah、」彼は言った。「たぶんそれが最も不吉な事何じゃない、ね?」

マイケルは彼のBMWを駆って海岸沿いを南下し、つい先日サンフランシスコに現れた。これからコスタリカで3週間、一人でサーフィンの瞑想にふけるという。

僕達が共同で作曲するのを試す用意が出来ていた。二人とも少々心配になっていたのだと僕は思う。どんな形の関係であっても、音楽上のコラボレーションというものは、今まで誰もが組織化する事が出来なかった錬金術のような公式に従って成功するか、あるいは失敗するかが決まるのだ。

それに参加するものはそれぞれ実力を持ったものでなければならないし、片方がもう片方の趣味を気に入るかも知れない(我々の場合はかなりそうだと言える)が、その結果は結果を見なければ分からないのだ。

僕達の最初の実験が実に旨くいった事をとても嬉しく思っている。僕達は少数のコードから始めて、1時間以内には強力な歌詞と魅了されるメローディーを持つ歌を作る事が出来たのだ。

マイケルはその後、僕があらかじめ渡しておいた別の歌詞を取り出して僕に歌えと言ってきた。彼は、再び1時間以内で僕のメロディーを微調整し、彼のバンド(または宇宙船)がいつもたむろする即興の星雲へと旅立つのに完璧なオーケストレーションのアタマの部分らしきものを作り上げた。

もちろん僕はこの事に関してはまんざらではない。今年はとても困難な年で、多くの意味では今もそれが持続しているのだが、ストリング・チーズ・インシデントの周りに成長しつつある社会的に美しい何かを発見し再確認できた事、そして僕がある形でそれに貢献できるかも知れないと言う実感を得た事は、ここしばらくの間に起こった出来事の中でも最も素晴らしい事だと言える。僕は感謝している。そして僕は生きている。

野生を保護しよう。

バーロウ

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