2001年9月11日。僕が寝ぼけ眼でCNNの録画を見ながら、だらんと開いて塞がらず言葉も出ない口にコーヒーを注ぎ込んでいた頃、ジョン・ペリー・バーロウは同じくテレビの画面を見ながら、数日後にはアメリカ一般市民に当然の事として与えられてきたはずの「自由」が、ブッシュ政権によって脅かされるだろうという危機感をすでにひしひしと感じながらノートパソコンにこの短文を書いていた。この恐るべきテロの惨状を見ながら彼の心は、すでに失われつつあるアメリカの自由、この国の創始者達が持っていた理想に基づいて国民の権利として与えられた自由、そしてこのテロリスト攻撃の衝撃を越えてアメリカ人が自国の権力から受ける災いを警告する自由に向けて広く開かれていた。

テロ勃発後、ありとあらゆる報道を警戒心を持って見てきたが、このような勇気ある警告をしている人は僕の知る限りバーロウだけだ。SCIとの体験談といい、この短文といい、彼の文章を読むごとに僕の中で彼はヒーローになりつつある。バーロウのこの文章は短いが言葉ひとつひとつが広がりを持つ。じっくり読んで欲しい。

wolf

 

僕達自身[US]の心配をしろ
特にU.S.の心配を

ジョン・バーロウ

アメリカが過去30年の間、徐々に、狡猾に、僕達の殆どには隠れて見えないように警察国家となってきていると僕が確信しているのは周知の通りだ。

今朝の出来事はナチスがドイツを支配する社会的な機会を提供したライヒスタークの火災にほぼ等しいものなのだ。

僕は何もアメリカの独裁主義者が実際にナチスよろしくこの衝撃的な悲劇の反抗に直接荷担したと言っているわけでは決してない。([アメリカの]間接的な役割についてはさらに長い議論が望ましいのだが。)

だが、アメリカの安全がアメリカの自由よりも重要だと考える輩にとっては、このような事件はもってこいの材料なのだ。支配する事に熱狂する連中は、僕達に残る人生のために今日晩餐を開くに違いない。

この数時間以内に僕達は、アメリカに残された最後の自由を終結させるための精力的な活動が始まるのを見る事になるだろう。アメリカの起源にあった理想を信じ続けたいために、多少の−殆どが幻影的なものなのだが−安全を犠牲にする意志のあるものは、同等に精力的にその理想のために戦わなくてはならない。

僕は君たちに願う。君たちに出来る限りの事を「今」始めて欲しいのだ。役人達に手紙を送る、ACLU[注1]或いはEFF[注2]に参加する、路上に出て訴える、または誰の目にも自由に、そして恐れることなく生きる。何でもいい。支配マニア達の衝動が、過去250年もの間に今朝失った命の数よりはるかに多くの人々が守ろうとして死んでいったその夢を打ち砕かぬために。

テロリスト達や彼等の当然の味方であるファシスト達に勝利させてはならない。

テロリズムの目的は攻撃の対象である政府の内部にますます泥酔していく全体主義を作り上げる事だということを覚えておいて欲しい。

何事も恐れるな。自由に生きろ。

そして、この恐ろしい犯罪を犯した人間達を許すよう努めようではないか。

神様−または君たちが信じる何者か−が、僕達全てに恵みを与えんことを。僕達にはその恵みを必ず必要とするに違いないのだから。

Barlow

注1:ACLU=American Civil Liberties Union、米市民的自由連盟。詳細はWired誌のウェブサイトで。
http://www.hotwired.co.jp/news/news/culture/story/3369.html

注2:EFF=Electronic Frontier Foundation、電子的フロンティア基金。
http://nttcom.e-words.ne.jp/view.asp?ID=336にその紹介と関連記事へのリンクがある。

(訳 by wolf

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